エルカイムを出て、フォルーリロの国に入ってすぐ、この国が世界一の花の国と呼ばれる理由を理解した。
 街道沿いの草原には野生の花が何万という数で咲き誇り、花の精霊たちの姿もあちこちに見える。
 人の手が入っていない草原でもこの様子なら、中心地はきっとすごい事になっているんだろう。

「花まつりは、どこでやっているの?」
「フォルーリロの首都だよ。町中から周辺まで、かなりすごい事になってるよ」

 父様は、膝の上のメルをブラッシングしながら教えてくれる。
 すごい事……と言われても、僕は大きな庭園があるくらいしか想像できないけど、他にも何かあるのかな?

「現地では、二人組になって別行動にしようか」
「え? どうして?」
「花まつりは、二人のペアで回る習わしがあるんだよ。もちろん、絶対にってわけじゃないけどね」
「そうなんだ」

 二人で、となると……僕はやっぱり、ヴァニスとかな。
 父様はやっぱり、メルと? でもそうなると、ディディさんと柴瑛君が一緒って事になるけど、二人はいいのかな?
 そんな事を考えてると、ブラッシングを終えてフワフワもっふもふになったメルが、自慢の毛並みを揺らしながら言った。

「ちょうどよく分かれてるし、いいんじゃなーい?」
「ちょうどよく?」
「もー、シエルったらニブちんだなー。シエルとヴァニス、ボクとシャルム、ディディと柴瑛で、デートできるって事だよー」
「で、デートって……僕とヴァニスはともかく、ディディさんと柴瑛君はそうじゃないよね? ていうか、父様とメルだってデートって感じじゃないでしょ」
「本当にニブちんなんだからー。ま、柴瑛の方もシエルと同じくらいニブちんな気はするけどねー」

 柴瑛君が僕と同じくらいニブちん?
 それはつまり、あの子も色恋沙汰に疎くって、メル曰く二人がデートって事は……。
 もしかして、ディディさんが柴瑛君の事を……!?
 いやでも、本人から聞いたわけじゃないんだし、勝手に想像するのは良くないよな。
 もしかしたら、メルの勘違いって可能性もあるわけなんだし。

 そんな微妙にスッキリしない気持ちを抱えたまま時が流れ、ついにフォルーリロの都が目前となった。
 街道の途中から人の手が入った花畑が出始め、都の周りでは町を囲むほど巨大な花畑、それを手入れする人たちの姿も見える。
 空中には花の精霊だけでなく、蜜を目当てに集まってきた蝶や蜂たちも飛んでいて、実に賑やか。

 僕たちは街道の途中で馬車を停めて収納し、町の中へ向かう。
 そちらも花一色という感じで、街路樹の間に色とりどりの花壇、お店の前にもプランターや植木鉢などが置かれており、巨大な花のアーチの奥には、これまた花をモチーフにした巨大な噴水を中心とした広場があった。
 屋台では花にちなんだグルメも売っているし、宿屋に入ると壁紙からマット、アメニティに至るまで、全てが花尽くしだ。

「なんか、サーズリンドを思い出した」

 部屋に入って早々、ヴァニスが呟いた。
 一つのものに統一するというのは同じだが、さすがに花と筋肉では、感じる圧が違う気がする。

「ここはキッチン無しの宿だから、それぞれ外で、好きなものを食べてくることにしよう」

 父様の提案にみんなが賛成し、ペアになって町を回る事になった……まではいいんだけど。

「……メル、なんで人型になってるの?」
「花まつりでボクがヒツジのままだと、シャルムに悪い虫が寄ってくるでしょ」
「父様なら一捻りだと思うけど」
「ボクがヤなの」

 そう言って、人型のままプクッとふくれるメルだが……正直いくら美丈夫でも、全身真っ黒で父様より大きな人がふくれても、ヒツジの時のような可愛さはない。

「ま、ともかくみんな、夜までは自由行動だね」

 父様がそう言うと、みんなそれぞれのペアになって宿を出る。
 僕はヴァニスと一緒だから問題は無いけど、人型メルと一緒の父様や、同行を始めて日が浅いディディさんと柴瑛君は大丈夫かな。
 メルが言っていた、悪い虫が寄ってくるというのも、ちょっと気になるし。
 ……でも、何かあったら宿に戻ってくるだろうし、起こってもいない事を心配していても仕方ないよな、と楽観的に考え直し、僕はヴァニスと一緒に町へ繰り出していった。

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