旅の準備を終え、エルカイムを発つ日。
 まだ朝早いというのに、オルバートさんとクラニスさんが見送りに来てくれた。

「出発するのか」
「ああ、もう俺たちが手を出せる事は無いだろ」

 事件が完全に解決していない点は気がかりだが、元々僕たちは守り人の村を目指していただけの、ただの旅人だ。
 オルバートさん達のように国の重要人物になったのならともかく、そうでもないのに必要以上に深入りするのは危険だし、出しゃばりすぎたせいでどこかで反感を買ったりもするだろう。

「落ち着いたら、また遊びに来てよ。こつぶちゃんたちも元気でね」
「はい、ありがとうございます」
「お世話になりました」

 少し寂しそうに笑いながら言うクラニスさんに、僕とヴァニスは返答する。
 ヴァニスの隣で、柴瑛君も丁寧に頭を下げていた。

「こっちも落ち着いたら、手紙でも出すわ」
「ああ。気をつけてな」

 オルバートさんとクラニスさんは、僕たちが見えなくなるまで見送ってくれた。
 そして町を出て、フォドラニスと出会った川に架かった橋を渡っていたら、父様に抱っこされていたメルが、川の方に向かって「べー」と舌を出している。
 メルの視線の先を見ると、フォドラニスも川から顔を出し、あっかんべーをしていた。
 犬猿の仲なんだろう二人に、僕は少し呆れつつも、フォドラニスに向かって小さく手を振る。
 するとフォドラニスはそれに答えるように、器用に水面をくるんと一回転し、そのまま上流の方へ泳いで行ってしまった。

 橋を渡り切って街道に出たら、久しぶりの魔動馬車の出番だ。
 柴瑛君には初めてなのだろう、口には出していないが、馬車を見て目を輝かせている。可愛い。
 今日は天気が微妙なので、日が暮れるまで行けるところまで行き、夜になったら馬車を停めて休むという事になった。
 午前中は父様の運転で出発、ヴァニスはプランターを見に行ってくれたので、僕は昼食の準備だ。
 とは言っても、材料の下処理や調理器具の準備は柴瑛君が手伝ってくれるので、僕がやる事はそう多くない。

「今日はミネストローネとオニオンリング、キノコとベーコンのペンネグラタンにしよう」
「シエルさんは、難しい料理が作れるのですね……凄いです」
「僕もまだ、覚えたばかりだよ」

 エルカイムに滞在している間に、父様のレシピメモを借りていくつか料理に挑戦したけど、まだまだ尊敬されるほどの腕ではない。
 なので、そんなに純粋なキラキラの尊敬の眼差しを送られると、ちょっと気恥しいというか。
 そして料理を煮たり揚げたりしてる間に時間が過ぎていき、ヴァニスが収穫してくれたミニトマトも付け合わせにし、昼食の準備が出来た。
 父様が馬車を街道の外へずらして停め、筋トレしていたディディさんと、重り代わりになっていたメルも食堂へやってくる。
 みんなでいろんな話をしながら食事を楽しんでいると、ディディさんが何かを思い出したかのように、「あっ」と声を上げた。

「そういえば、この時期のフォルーリロでは花まつりをしてるんじゃない?」
「そうだな、もうそんな時期か」
「寄ってってもいいんじゃなーい?」

 ディディさんの言葉に、父様とメルが反応する。
 フォルーリロは、確か……エルカイムの隣国で、世界一の花の産地としても有名な国だったっけ。

「花まつり? 花を見るってことですか?」
「そうだね、結構すごいから、見ごたえがあるよ。それに、花にちなんだ服飾や雑貨、花モチーフのグルメもあるし」

 いまいちイメージできてない様子のヴァニスに、父様は楽しげに答えた。

「グルメといえば、食べられる花のお菓子とかジャムがあったっけー」
「そういえばメルちゃん、バラのジャムの大瓶を一人で平らげて、しばらく香ってたわねえ」
「フローラルだったでしょ」

 何故か得意げなメルだけど、ジャムの大瓶を平らげる姿は想像できる。
 それに、そんなお菓子やジャムが売ってるなんて、見て回るだけでも楽しそうだ。
 このところは大変な事が続いてたし、楽しそうなお祭りで、皆がリフレッシュできたらいいな。

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