《イグニ視点》





 部下たちに連れられて客間に入ってきたお義父上を見て、俺は驚いていた。
 勝手な想像だが、がっしりした体躯の壮年の男性ではないかと思っていたからだ。
 しかし、実際のお義父上は予想以上に若く、見た目も思っていたより細身で、美形。
 黒く長い髪とやや小柄なところは、カナデとそっくりだと思ったが、それはミズキの民の特徴でもあるから、血縁どうこうとは関係ないだろう。
 ……しかし、父君というより、兄君と言われた方が納得するくらいの御仁だな。

「師匠!!」

 俺が声をかけるより早く、カナデが反応した。
 嬉しそうな笑顔でお義父上に駆け寄り、がばっと抱き着いて……抱き着いて!? なんだと、なんと羨ましい!!
 ……いや、落ち着け俺。父子のふれあいというだけで、深い意味は無いはずだ。
 お義父上の方も、カナデとの再会が嬉しいのだろう、優し気な笑顔でカナデを抱きしめている。
 ……くっ、羨ましくはないぞ、ないんだからな!! あくまで親子としてなのだから……。

「カナデ、元気にしていたか? お前がロンザバルエの宮に入ったと聞いた時は、驚いたよ」
「それに関しては、俺が一番驚いてるというか……でも、イグニ様も火竜たちも優しくて、良くしてくれるから……俺、果報者だと思う」
「そうか。カナデが幸せなら、それでいいんだ」

 そう言って、お義父上はカナデを優しく撫で、カナデも少し照れつつ嬉しそうにしている。
 親子としての愛情表現なのだ、羨ましくない、羨ましくない……。
 俺が悶々としつつも自己暗示をしていると、お義父上はこちらに向き直って言った。

「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。私、冒険者をしております、アカツキと申します。ご存じとは思いますが、カナデとは師弟の関係に当たります」
「あ、いや……こちらこそ申し訳ない。俺が火竜の長の、イグニです。カナデとは番の関係であったので、宮に来てもらいました」

 世界の頂点とも言える四竜王の一人である火竜王の俺が、普段使う事のない慣れない敬語で挨拶をする。
 そのせいなのだろう、後ろでロドとアルバが笑いを堪えているようだが……あいつらは後でとっちめてやろう。
 ともかく、話し合いの為にお義父上をソファへと促し、俺と対面する形で座ってもらう。
 そして、茶と菓子を運んできたロージェンが、軽めのノックの後に入ってきたが……。

「失礼致しま……!?」

 ロージェンはワゴンを転がしながら入ってくるなり、絶句した。
 なんだ? いつもなら、スマートに仕事をこなしていくというのに。

「どうした」
「……あ……い、いえ!! 何でもありませんというかなくはないというか!!」

 明らかに様子のおかしいロージェンは、挙動不審気味に茶と菓子を運び、慌てて部屋から出ていった。
 カナデやお義父上はもちろん、ロドやアルバまでも不思議そうにしているが……詳しい話はあとでロージェンに直接聞くか。
 ロージェンがおかしな様子で出ていってしまったので、代わりにアルバが茶を淹れ、ロドがケーキを切り分けている。
 その辺りの準備は二人に任せ、俺はお義父上に向き直って、本題の話をする。

「手紙に記していたので、ご存じとは思いますが……カナデは俺の番として宮に入ってもらい、いずれは式を挙げて一緒になるつもりです。それで、カナデにとって親族と言える相手は、貴方だけだと聞きましたので」
「ええ、そうですね。では、今回は婚前の話し合いという事でしょうか。ですが、私は一庶民の身でありますし、竜王様に物申す事などはありませんよ。もしもカナデが嫌がっていたなら、こちらとしても考えるつもりでしたが……杞憂ですんだと分かりましたから」

 お義父上は穏やかな笑顔でそう言っているが……一応、俺の事を立ててくれつつも、カナデが嫌がっていた場合の事も考えているあたりは、親としてまともな感覚の持ち主なのだろう。
 以前やってきた自称番候補の親たちなど、我が子を売るも同然の態度だったから、心底不快になったものだ。

「ありがとうございます。それで……勝手な言い分ではありますが、カナデの父君である貴方にも、火竜宮に滞在して頂きたいのです。もちろん衣食住の保証はしますし、必要なものは宮の予算から出します」
「……一応の親族とはいえ、血の繋がりはない親代わりの相手への提案にしては、随分と好待遇ですね。理由を聞いてもよろしいですか?」

 ……一目見た時からなんとなく感じていたが、お義父上は場慣れしている。
 俺と初めて会った人族の多くが、こうして対面して真面目な話をする場合、俺を恐れるか、緊張するかしていた。
 しかし、お義父上はあくまで対等なままで礼を失せず、堂々と俺の前で話を続けている。
 こういった状況に慣れているのか、あるいは相当肝が据わっているのか……なんとなくだが、両方な気がする。
 それならば、下手に口を回して幻滅されるより、こちらに非のある事実でも、正直に話した方がいい。

「カナデは元々孤児と聞いていましたが、生きるための術を教えてくれた師がいるという話も聞きました。それで先日、兄弟たちに婚儀の相談をしたところ、貴方の話題も上がり……満場一致で、四竜宮の内部に入ってもらった方がいい、という結論になったのです」
「それは、私がこちらの宮で暮らす事を、他の竜王様方も認めてくださったという事ですか?」
「はい。実は、兄弟たちの番たちは縁切りされているか、獣人のしきたりにのっとっているので、親族を迎えての顔合わせは行っておりません。それは我々だけでなく、この国の国民をはじめ、諸外国の人々にも周知の事実です。今はカナデは元孤児の旅人と知らせていますが、故郷であるミズキではお二人が共にあった姿を見ているものも少なくないでしょう。それに、以前行われたパーティーで、来場した要人たちはカナデと会っていますから、顔や特徴も覚えているはずです。いずれその話がミズキまで広がったら、貴方がカナデの師であると特定される恐れが出てきます。そうなったら……」
「良からぬ事を企む輩に、利用されそうですね」

 はっきり言うのも失礼かと思って言葉を濁らせたが、俺の考えなど、お義父上にはお見通し立ったようだ。
 もし我々に牙をむくものがお義父上を人質にしようものなら、カナデは俺に師を助けてほしいと願うだろう。
 王としての選択は頭で理解していても、番を不幸にしたくない本能が、判断力を鈍らせる。
 結果として、番一人の為に多くの罪なき犠牲を出した愚王になるか、国は守ったが自身の番に一生恨まれながら長い時を過ごすか、という大事になりうる可能性もあるのだ。
 そんな事になるくらいならば、先にこちらで保護してしまい、お義父上の安全を確保してしまえばいい。
 ただ、お義父上自身の自由の多くは無くなってしまうが……。

「もし、貴方がこちらに来られない事情があるようなら、部下の火竜をそちらに送り、護衛をさせるべきでした。顔合わせの事ばかりに気がいってしまい、そういった危険性がある事を失念していたのです。ですが、兄弟たちとの話し合いで、もっと早くにお呼びするべきであったと、今更ながらに気付いた次第で……御身を危険に晒す行動をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 そう言って、俺は深々とお義父上に頭を下げた。
 いくら火竜の王とは言っても、こんな体たらくな男に大事なカナデを任せられないと、呆れられたかもしれない。

「お顔を上げてください。貴方様は真面目で正直な方なのですね。カナデが安心している理由が分かりました」

 思いもよらないお義父上の言葉に、驚きながらも顔を上げる。
 お義父上は、先程の穏やかな笑顔に少し切なそうな表情を足して、言葉を続けた。

「カナデは小さい時から、人の言葉や行動に敏感な所があるんです。特に、悪意のある相手や感情には。だから、人との関わりに不安を持ったり、よくない想像をしがちなんですが……。こんなに幸せそうにしているのなら、こちらの宮には心配するような事はないようですね」

 そう言って微笑むお義父上に、カナデも嬉しそうに笑顔を返す。可愛い。

「私がこちらに移住する件に関しては、問題はありません。元々根無し草の冒険者ですし、ミズキで仕事を続けるのも潮時かと思っていましたので」
「……そういえば師匠、なんで独り身に戻ったの?」

 俺たちの話を静かに聞きつつも、ちまちまとケーキを食べていたカナデが、お義父上に質問する。
 その件は俺も気になっていたが、カナデにとっては自立のきっかけに関わる事であったようだし、余計に気がかりだっただろう。

「そうそれ! カナデ聞いてくれよ! マジであり得ないんだって!! ……あ、申し訳ありません、つい」
「……あ、いえ……俺たちの前あっても、カナデとの会話はいつもどおりの様子でして頂いて構いません」
「そうですか? それじゃあ……」

 そうしてお義父上は、カナデと別れてから何があったかを語ってくれたが……。
 俺が予想していた以上に理解しがたい事実に、番の感覚のない人族も大変なんだなと、改めて思い知らされた。