僕とヴァニスは困惑していた。
 あの後、黒装束の人はとんでもない跳躍力でどこかへ行ってしまった。
 この騒ぎで買い物は無理だからと、後の事は騎士の人たちに任せて、一旦宿へと戻ったのだが。
 僕たちが借りている部屋の前に、黒装束の人が居た……しかもどうやら、僕たちを待っていたようだ。

「あ……えっと……」
「貴殿は守り人とお見受けします」
「えっ!?」

 黒装束さんの言葉に僕は驚き、ヴァニスは警戒して僕の前に出る。

「危害を加えるつもりはありません……むしろ、助けてほしいのは俺の方です」
「え、と……? どういう事ですか? 助けてもらったのは僕たちの方だし……」
「詳しい事は、父君方が戻られてからお話したいのですが……中に入れてはもらえますか?」

 僕はヴァニスと顔を見合わせる。
 全身真っ黒な服で顔も隠してて無茶苦茶怪しいけど、僕たちを助けてくれたのは事実だ。
 それに、おそらく彼は半精霊……半分は精霊である彼の事を、あまり悪い存在に感じないのは、僕が守り人だからだろうか。

「……それじゃあ、どうぞ」
「シエル、いいのか?」
「うん、悪い人には思えないし……もしもの時は、僕だって手も足も魔法も出すから」
「まあ、そうだな……っても、シエルになんかしたら、タダじゃおかねえぞ」
「承知しました」

 ヴァニスは黒装束さんを牽制しつつも、中に入れる事は同意してくれた。
 僕は部屋の鍵を開けて奥に進み、黒装束さんにリビングで座って待っててもらうように促す。
 彼は素直に椅子に座り、顔に巻いていた黒い布を外す。

「……え?」
「……子ども?」

 僕とヴァニスは、彼の素顔を見て驚いた。
 黒装束さんは濃い紫色の髪をポニーテールにして結っており、紫色の目は大きめで東の国の人を思わせる顔立ちで、僕が思っていたよりだいぶ幼い。

「えぇと、歳は……いや、その前に、名前は?」
「柴瑛と申します。歳はおそらく十四……孤児だったので、はっきりとは分かりません」

 はっきりとは分からなくても、見た目からしても大体そのくらいだろう。
 まさか僕たちより三つも年下だったとは。

「そっか。じゃあ柴瑛君、父様たちが戻る前に、少し質問してもいい?」
「御意」
「まず……君は半精霊で合ってる?」
「はい、俺は雷の精霊と、ヒノカの町人との間に生まれたと聞いております」

 柴瑛君は自分の出自を、ちゃんと把握しているみたいだ。
 それじゃあ……。

「ヒノカの子が、どうしてこの国に? ご両親はどうしたの?」
「人の方の父は俺が生まれて間もなく、病で亡くなりました。精霊の方の父が、赤子だった俺を忍の育成所の前に置いて行ったそうです。それをヒノカの鼬の精霊から聞き、自分の身の上を知ったのが昨年の事でした。ですが、その話を近くの村の者にも聞かれていたようで、俺は国を出る事を余儀なくされ、各地を巡り今に至ります」

 人の方のお父さんが、病気で亡くなってしまったのは仕方ないにしても……精霊の方、何やってんの!?
 せめて我が子が独り立ちするまでは、育てて見守るべきなんじゃ……ああ、精霊だから、その感覚もないのか。
 だからと言って、自分の子どもを見ず知らずの人に丸投げなんて。
 忍というのはヒノカの独特な職業で、戦闘や隠密に長けているんだっけ。
 その育成所の人が、捨てられたも同然の子どもを育ててくれる、良い人でよかったと思うべきか。

 ……でも、これ以上の事情は、やっぱり父様にも聞いてもらったほうがいいよね。
 僕は柴瑛君に温かいお茶を淹れ、一緒に父様たちの帰りを待つことにした。


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