「むむむぅ」
「どうしたメル、便秘か?」
「違うよ、ヴァニスったら失礼だな! 僕は繊細だから、気になる事があるの!!」

 メルは夕食をしっかり食べつつも、何かを気にしているみたいだ。
 と言っても、メルの悩み事って、だいたいは次のご飯やおやつの事なんだけど。

「さっき念のために感知してみたんだけど、半精霊の方が見つかんなかったんだよ」
「え? この国にいるんじゃないの?」
「それは間違いないんだけど……多分その子、隠密の魔法が使えるな。くそぅ」
「それでもメルに感知されないって、すごいね」

 メルはもぐもぐしながらも悔しそうだ。
 だけど純粋な精霊であるメルの感知からも逃れられるとは、半精霊の子も只者ではなさそう。

「って事は、禁忌の方は見つかったのか?」
「んー? まあだいたいの所はね」
「なんだよ、だいたいって」
「だってなんと言うか、思ってたのと違う感が凄くて……」

 そこまで言うと、メルは黙って夕食を続ける。
 普段はおちゃらけなメルだが、大事な事や危険な事はちゃんとみんなに伝えるから、これは本当に想像とは違うものが存在しているんだろうか。
 まあ、禁忌の存在が危ないものでないなら、それでいいけれど……。
 そう思っていた僕は、翌日の買い出しで後悔する事になる。



 次の日、父様とディディさんとメルは、今日もオルバートさんの所へ行ったので、ヴァニスと一緒に食材を買いに町に出かけた。
 今日の夕食は、ポテトグラタンに挑戦してみよう。
 それからフライドポテトにポテトサラダに……あれ、なんかじゃがいもばっかり?
 そんな事を考えながら、ヴァニスと他愛ない話をしつつ、大通りへの道を曲がった直後。

「う、うわあぁあ!!」
「化物だ!!」
「に、逃げろ!!」

 突然、所々から悲鳴が上がる。
 何事かと辺りを見回すと、大通りの真ん中に、異様な魔力を放つ異形の物体がいた。
 生物と形容しがたいそれは、浅黒い大きな丸い塊……としか言いようのない姿だ。
 しかし一応は生物ではあるのか、ずるずると地を這うように動いている。

 僕たちも逃げるべきか、と思ったけれど……通りに逃げ遅れた人達が居る!
 異形の物体はその人たちに気付くと、体から腕のような触手っぽいものを出し、彼らに掴みかかるように振り上げた。
 僕は塊にむかって氷の攻撃魔法を使い、ヴァニスも秘剣で切りかかったが、どちらも塊に当たる事なく相殺するように消えてしまう。
 巡回をしていた騎士の魔法も同じように効かず、直接的な剣の攻撃も、弾力のせいか効果が薄いようだ。

 塊が攻撃を受けて一瞬止まった隙をついて、逃げ遅れた人達は近くの建物の中へと隠れていく。
 だけど、僕や騎士の魔法も、ヴァニスの秘剣も全く効かない……まさかこれが、禁忌の正体!?
 塊は僕たちの方を見るような動きをして、ずるり、とこっちに近づいてくる。
 僕は今度は土の攻撃魔法で地面から攻め、ヴァニスも再び秘剣を使うが、それでもやはり相殺されてしまった。
 このまま攻撃を続けてもキリが無いし、防御壁を張っても破られてしまうだろう。

 すると塊は複数の触手を出し、すごい速さで周りにいる人たちに襲い掛かった。
 ヴァニスは僕を抱えて横に飛び、騎士たちも何とか避けたようだが、これが一般の市民だったら避けるのは厳しいだろう。
 だけど突然の出来事に、町の人達もまだ完全に避難できたわけではない。
 早々に倒せなければ、これ以上の被害が出てしまうというのに、攻撃が効かないなんて……これが禁忌、と呼ばれる所以なのか。

 塊は再び触手を振り上げ、先ほどと同じように襲い掛かってくる、が。
 パチッと、何かがはじけるような音と共に、触手は焼かれたように溶け落ちていく。
 そして僕たちと塊の間に、どこから現れたのか黒装束の人物が降り立った。
 彼は変わった形の剣……あれは、確か東の国ヒノカで使われている、刀というものだ。
 それをピッと鋭く塊に向け、雷の魔法を放つ……普通の魔法では効かない、と思ったけれど。

 彼の放った強烈な雷の魔法は塊を感電させ、その熱によって焼き尽くしていく。
 そしてジュウウウ、と、肉類が焼ける独特の音を立てて、禁忌と思われる物は溶けて無くなっていった。
 しばらく辺りに嫌な臭いが漂ったが、やがて風が吹くと、それもどこかに吹き飛んだようだ。

 そして突如現れた黒装束の人を見て、僕はある結論にたどり着く。
 普通の魔法を使う僕たちでは倒せない、禁忌の存在を倒すことが出来る同じ異質の存在。

「……もしかして、あの人が半精霊?」 

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