あれから数時間後。
 ヴァニスに支えられながら戻ってきた柴瑛君は、やはり相当疲れてしまったようで、今は文字通り泥のように眠っている。
 そして柴瑛君のベッドには、メルが丸いクッションのような姿になって、潜り込んで眠っていた。
 父様とディディさんは、連行された騎士の取り調べの手伝いに行っているし、事情を聞いたフォドラニスもそれに参加、面白そうだからという理由でクートもそっちに顔を出している。

 残るヴァニスと僕も宿に居るんだけど、ヴァニスも柴瑛君の魔力を借りるという慣れない戦法に疲れたようで、今は仮眠をとっている。
 僕は父様と協力して防御壁を張ったくらいだから、少しは疲れたけれど、みんな程ではない。
 なので、少し休んでから今日の夕食を作っていたら、僕の影からにょろっとクートが出てきた。

「わーい、いい匂いー」
「あれ? クート、取り調べを見に行ってたよね?」
「そうなんだけどー、ヤバい事になったから逃げてきたー」
「どういう事?」
「犯人たちは今、自業自得の激流攻めだよー」

 クートは穏やかでない言葉を発しつつ、僕が作っていたホワイトシチューとカナッペを狙っていた。
 今日はたくさん作ってるからいいかと思って、クートにトマトとチーズのカナッペを一つあげると、分かりやすく笑顔になって、とても美味しそうに食べてくれる。

「取り調べで何かあったの?」
「あいつら、犯行動機の一つにエルシオの名前を出したから、フォドラニスがガチギレしてねー。今ものすごく水浸しだよー」
「それは……すごそうだね……」
「すごかったよー、エルカイムにもう一本、川が出来るかと思ったー。で、レスフィウとの関係だけど、あいつら完全に利用されてたねー。禁忌を封印できるっていう魔道具を調べたら、ただのガラクタだってわかってー、エルカイムを混乱させようとしてただけだったみたいだよー」
「ええ!? それじゃあ、始めから倒すしかなかったって事だよね!?」
「そだねー。まーでも、倒せたからよかったねー」

 クートはのんきにそう言っているが、倒せなかったら今頃は都中が大惨事だ。
 これは完全に、国家反逆罪になる案件だろう。

「町中はその事で話題沸騰中だし、新聞社も大々的に取り上げるみたいだから、他の国に話が流れるのも、時間の問題だねー」

 相変わらずのん気そうにクートは言うが……もし今回の事件が他国に知れ渡ったら、第六支部の永久封鎖は確実だろう。
 それに、レスフィウが事件に絡んでいるとは言っても、物的証拠が無い以上は、エルカイムの方から強くは言えない。
 そもそも事件を起こしたのが、腐ってもエルカイムの騎士たちなのだから、関与していないと言われればそれまでだろうし……。

「シエルー、難しいこと考えてると、せっかくのシチューがコゲコゲになるよー」
「あっ、いけない。ありがとうクート」
「いいよー。でも僕にもちょうだいねー」

 クートはふよふよしながら、しっかりシチューの催促をしてきた。
 とりあえず、今は夕食作りに集中しようと鍋の中をかき回していると、父様とディディさんが帰ってくる。

「お帰りなさい、父様、ディディさん」
「ただいま、シエル」
「ただいま、シエルちゃん。いい匂いねえ、お腹空いちゃったわ」
「ヴァニス君と柴瑛君は……よく眠ってるみたいだね。メルはそろそろ起きそうだけど」

 疲れている二人を起こすのは気が引けるからと、二人分の夕食は別にしておいて、僕たちは先に食事をとる。
 シチューをお皿に盛りつけていると、その匂いに反応したのか、メルがひょこっと顔を出して鼻をヒクヒクさせていた。

「む……この匂いはクリームシチュー……」

 メルはそう言いながらベットからもぞもぞと這い出てきて、半分眠たそうにしながらも、しっかり父様の膝の上をキープする。

「シャルムー、食べさせてー」
「はいはい」
「メルの甘えたっこー」
「……クート、まだ居たの?」
「ボクもシエルのシチュー、もらうんだもーん」

 クートはそう言いつつ縦にくるんと回転し、いそいそと僕の方へやってくる。
 クートの分にとお皿に寄せたシチューとスプーンを渡すと、満足そうな笑顔で食べ始めた。

「そういえば、結局取り調べはどうなったの?」
「フォドラニスがやりすぎて、それどころではなくなってね。でも、犯人は全員捕えているし証拠も揃ってるから、この先は騎士たちの管轄だよ」
「あたしらは協力したといっても、所詮は冒険者だからねえ。国の内情に深入りするわけにはいかないのよ」

 僕の問いに答えてくれたのは父様とディディさん。
 内情を知りすぎた為に、自由業の冒険者が国に囲われても困るし……それ以上に、僕たちは守り人の里に帰る途中なんだから、エルカイムに必要以上に深入りするのは良くないよな。

「それじゃあ、依頼は終わりって事?」
「そうだね、後の事はオルバートとクラニスに任せて、最終的な判断は竜王様が下すだろうから」
「色々あったけど、なんとかなってよかったわ」

 安心したように言うディディさんは、カナッペを一つつまみながら笑っていた。
 禁忌はもう居ないし、犯人たちは取り押さえられている……ディディさんの言葉通り、一先ずは何とかなったのだ。

「ふー、ごちそうさまー。じゃー僕は、そろそろ次に行くねー」
「次?」
「そー、他にも面白そうなことになってる国があるからー。そんじゃー、またどこかで会ったら、ごちそうしてねー」
「図々しい奴だなあ」

 ちゃっかりごちそうになるつもりのクートに、メルはジトっとした目つきで一言返していた。
 やっぱりメルは、クートとの相性もそんなによくないのかな。

「クート、今回はありがとう。またね」
「うん、ばいばーい」

 僕がそう言うと、クートは父様とディディさんにも手を振り、二人も手を振り替えしていた。
 そして僕の影の中ににゅるっと入り、そのままどこかへと遠ざかってしまう。

 すっかり暗くなった窓の向こうは、昼間の騒ぎが嘘のように静かになっていて、誰もが平和な夜を穏やかに過ごしているようだった。

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