「あんぎゃあぁああぁあ!!」
どこからか聞こえた高い音の叫び声に、俺は思わず飛び起きた。
起きるには少し早い時間だったが、すでに夜は明けている。
今の声は何なのか、何か事件でも起きたのかと思い窓の外を見たが、見える範囲に異常はない。
となると、宮の中で何かあったのだろうか……?
まさか敵襲なんて事は、と不安に思っていると、俺の部屋の扉がノックされ、身支度が半分状態のアルバが入ってきた。
「カナデ様、お早うございます……このような姿で申し訳ありません」
「おはよう、アルバ。それは気にしなくていいけど……なにかあったの?」
「実は、小さな怪獣が暴れていまして……」
「か、怪獣!?」
「はい、他宮に使いを出しましたので、じきに収まるとは思うのですが……泣くわ暴れるわ火を吹くわで、とにかく手に負えません。カナデ様も危険ですので、お部屋から出ないようお願いします」
「分かった……イグニ様は? 大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫と言いますか、元凶と言いますか……その小さい怪獣というのは、イグニ様の事でして」
「へっ?」
思わず間の抜けた返事をした俺に、アルバが事情を説明してくれる。
そもそも、竜王様たちが自身の番となる相手を迎えるのは、本人の強すぎる希望だけでなく、竜王様たちの強すぎる魔力を唯一調和することが出来るから、という理由もある。
俺もその話は聞いてはいたけれど、あまり込み入った事情までは知らないんだよな。
「その調和の方法が、夜に一つになってアレコレのアレをする事なんですが、その行為を長らくしていない状態の竜王様は、何かのはずみで心身共に不安定になってしまうのです。そしてイグニ様の場合は、癇癪玉の小さい怪獣になってしまう事が多いのです……」
「じゃあ……今のイグニ様は、小さな子どもの竜人って事?」
「はい、ああなってしまうと見境も無くなるようでして……前回はイグニ様の自室が、全焼する被害が出てしまいました」
「そ、そんなに」
小さな子どもの姿と言えど、やはり中身は火竜の王という事だろう。
怪獣状態のイグニ様は、火竜たちだけでは抑えるのも厳しいらしく、兄弟である他の竜王様たちに助力してもらっているのだという。
「でも、小さいイグニ様か……ちょっと気になるな」
「残念ですが今のイグニ様は、全く加減が出来ませんので……」
「そっか……」
加減が出来ないという事は、よくて大やけど、悪ければ丸焼きコースという事か。
念のためにイグニ様が元に戻るまでは、水竜王様の鱗を身につけておくように、そして大人しくさせるための準備をしてくると言って、アルバは部屋を出ていった。
俺としても丸焼きコースは御免なので、言われた通り鱗を首から下げ、着替えをすませてベッドに座る。
「みぎゃああぁああぁああ!!」
そうしているうちに、本日二度目の甲高い泣き声が聞こえてきた。
普段のイグニ様は、荒事が得意な火竜のわりには落ち着いている方だと思ったけど、やはり小さくなって歯止めが効かないのか、感情が激しく燃え上がっているようだ。
「こらイグニ! 所かまわず火を吹くんじゃない!!」
「今回も部屋が全焼になりそうだな……」
「……いつもの事だ」
どうやら他の竜王様が来てくれたようだ。
御三方はすでに番様と出会っているし、調和の為のアレコレも定期的にしているらしいから、魔力が不安定になって縮む事はほとんどないのだという。
「うぎゃああぁあぁ!!」
「こら! 物を投げるな!!」
「癇癪を起こしているから、しばらく止まらんな……」
小さなイグニ様は、やはり絶賛癇癪中のようだ。
兄弟である竜王様たちが傍に居ても、こんなに激しい状態なのか……。
「あぎゃああぁあぁぁあ!!」
「あっ! こらやめろ!!」
水竜王様の声が聞こえたと同時に、俺の部屋のドアが勢いよく開き、大量の黒い煙が舞い込んだ。
「……そこはカナデ君の部屋ではなかったか!?」
「こっの! 馬鹿イグニ!!」
「びえぇえええぇぇえ!!」
部屋の外もとんでもない事になっているが、中も煙が入り込んで、かなりの惨状だ。
煙を吸わないように気をつけながら窓を開けると、風竜王様が部屋に入ってきて、中の空気を外に出し綺麗な空気に入れ替えてくれた。
「カナデ君、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
「いや、バカタレがすまない」
申し訳なさそうに謝る風竜王様だが、これはもう仕方ない事だと思う。
そう思っていたら、水竜王様から逃げ出したであろう小さな火竜が、俺の部屋に転がり込んできた。
「うえぇえぇぇ……え?」
ボロボロと大粒の涙を流していた小さな怪獣は、俺に気が付くとピタリと大人しくなり、スンスンと鼻をすすりながらじっとこっちを見ている。
見た目は二、三歳くらいの小さな子だが、火竜の尻尾や鱗はミニサイズだが健在で、顔つきはちゃんとイグニ様の面影がある。
「イグニ!! いい加減に……あれ?」
「……大人しくなっているな」
後を追って入ってきた水竜王様と地竜王様は、意外なものを見た、という表情になっている。
イグニ様も、さっきまであんなに大騒ぎしていたのに……どうしたというんだろう。
「もしかして……カナデ君が自分の番だと、認識した?」
「そうかもしれんが……あの爆発物が、こうも大人しくなるものなのか」
「うー、あぅ、あー、あぅー」
考え込む水竜王様と風竜王様をよそに、イグニ様は両手を伸ばして、俺に何か言いたそうにしている。
「どうしたんですか? イグニ様」
「あっ! カナデ君、危ないよ!?」
「頂いた鱗を付けていますので、最悪の事態にはならないと思いますよ」
「そう? ……うーん、でもこのチビイグニは、油断大敵だよ?」
「そうなんですか?」
「うー!! あぅ!! あー!!」
俺が水竜王様と話していると、チビイグニ様は怒ったような声を出して、床をべちべちと叩いている。
「うーん、これは……嫉妬してるみたいだな」
「……ヴィダ、イグニは「自分の番としゃべるな」と言いたいようだぞ」
「ええー? チビイグニ、生意気な奴だなあ」
「本来の姿の時は、そっけなくてさみしい言ってるくせに」
「それはそれ、これはこれだし」
どうやら竜王様たちにも、何かと事情があるようだ。
視線をイグニ様に戻すと、両手を広げて俺にアピールしている。
「うー、あぅ」
「えーと……もしかして、抱っこですか?」
「あぃ!!」
さっきまでの泣き顔から一変、イグニ様はものすごくいい笑顔になって俺にくっついてくる。
小さな尻尾をぴょこぴょこ揺らすイグニ様を抱き上げると、それはもうニッコニコになって、俺にピッタリとくっついている。
……なんだろう、とてつもなく可愛い。
「ええー……チビイグニ、こんなにご機嫌になれるもんなの?」
「以前までは、泣くか怒るかしか無かったんだがな」
「……やはり番という存在は、それだけ大きいんだろう」
どうやらこのチビイグニ様の癇癪は、竜王様たちでもかなり手を焼いていたようだ。
こんなに懐かれてしまったのは、俺がイグニ様の番だからだろう。
チビイグニ様を抱えたまま優しく撫でると、とても嬉しそうに顔をうずめてきた。
プニプニのほっぺが、とても気持ちいい。
「っ失礼します! ……あれ? イグニ様、なんで大人しいんですか?」
慌てた様子で入ってきたアルバが、俺に抱えられているイグニ様を見て困惑気味だ。
竜王様たちも、呆れたような困ったような、という雰囲気になってしまっている。
「このチビ、カナデ君が傍にいると大人しくなるみたいでね」
「そのようですね……先程、厨房に肉を用意するよう頼んできたのですが」
「肉?」
「チビイグニ様は、好物の肉を食べさせておけば、不貞腐れながらも大人しくはなりますので」
なるほど、その方法でチビイグニ様を落ち着かせていたというわけか。
俺に抱えられた状態で、嬉しそうにこっちを見つめるチビイグニ様に話しかける。
「イグニ様、お肉を食べに行きますか?」
「あい!!」
なんとも元気でよい返事だ。
さっきまでの癇癪はどこへやら、超ご機嫌になったチビイグニ様を連れて、俺たちは食堂へ向かった。