「申し訳ありません……」

 朝一番にしょんぼりしながら謝っているのは、柴瑛君。
 どうやら彼は、僕たちが思っていた以上に疲れていたようで、およそ一日半も眠っていたのだ。
 僕たちも心配になって様子を見たけど、呼吸は乱れていないし熱も無かったから、本当に眠っていただけだった。

 メル曰く、魔力がちゃんと回復していないから、体の方が休眠状態になっているのだという。
 あんな騒ぎの後だし、柴瑛君は特に魔力を使い続けたのだから、疲れてしまうのは仕方ない事なのに。
 だけど本人は、丸一日以上も眠っていた事を気に病んでしまっているようだ。

「柴瑛君、そんなに気にしなくていいよ。むしろ、そんなになるまで魔力を使わせてしまったのは、俺達の方なんだから。ごめんね、辛かっただろう?」
「いえ、そんな! 俺の修行不足のせいです!」

 父様の言葉に、柴瑛君はああ返してはいるけれど……真面目なのは悪い事じゃないけど、根を詰めすぎるのはよくないよなあ。

「うーん……よし、今日の柴瑛君の仕事は、俺の料理を食べること!」
「ボクのブラッシングもやらせてあげよう」
「アタシとお茶しながら、お喋りもしてもらおうかしら」
「じゃあ、昼飯の後は俺と昼寝だな」

 しょんぼりな柴瑛君を気遣っているのか、それは仕事と言えるんだろうかという提案を皆がしている。
 メルのブラッシングだってモフモフ効果が半端ないから、やってもらってるメル以上にやってる方が癒されるんだよな。

「え、えっと……シエルさん……」
「なら僕は、三時のおやつをたくさん食べてもらおうかな」

 少し困惑気味に僕の方を見る柴瑛君に対し、皆に便乗するように仕事らしきものを提案する。
 仲間内で最年少の柴瑛君があんなに頑張ってくれたんだし、皆に甘々にされる日もあっていいと思う。
 本人は甘え下手なのか、なんだか困惑気味だけど。

「さて、そうと決まったら朝ごはんにしようか。今日はクロックムッシュを作ったよ」
「あら、美味しそうね!」

 父様とディディさんが料理を運び、メルがさり気なくつまみ食いをするといういつもの朝の風景の中、窓の外の方からざわめきが聞こえてくる。

「なんだ?」

 窓の近くに居たヴァニスが外を見ると、少し呆れ顔になっていた。

「なんだったの?」
「奴らのアジトから、空の瓶が運ばれてるみたいだ。中身はもう無いし、騎士たちが証拠品を見えないようにはしてるけど……結構な数の野次馬がいるぞ」
「あれー? 昨日押収しなかったの?」

 ヴァニスの言葉に疑問を口にしたのは、つまみ食い真っ最中のメル。
 そしてメルの疑問に答えてくれたのは、父様だった。

「昨日はフォドラニスの後始末が大変だったろうから、手が回らなかったと思うよ。アジトに数人の見張りの騎士はいただろうけど、なにせ証拠品の量が多かったしね」
「あー、あいつ後先考えないからなー」

 メルは父様の言葉に納得しつつも、フォドラニスに呆れながらもぐもぐしている。

「ま、事件の方はもう騎士団に任せて、アタシたちはゆっくりしましょ」
「そだねー、ボクも美味しいもの食べないと、やってらんない」

 ディディさんの意見にちゃっかりメルも便乗し、僕たちも同意して、今日はのんびり過ごそうという話でまとまった。
 朝食の後、僕は父様と一緒に食材と消耗品のチェック、メルは柴瑛君に乗っかってブラッシングをしてもらってるし、ヴァニスは剣の手入れをして、ディディさんはエルカイムの都のタウンマップを広げている。

「この町もいろんなお店があるから、出発前にいろいろ揃えとかなきゃね」
「南通りの洋菓子店のカヌレは買っといてね」
「メルちゃん、お菓子禁止令が出てなかった?」
「それはディディの気のせいだよー」

 ディディさんとブラッシングしてもらい中のメルは、そんな会話をしているが……。
 メルったら、いつの間に洋菓子店の事を調べてたんだろう。
 そんな二人を横目に、魔法のポーチの中をチェックしていた父様が言う。

「食材もだけど、消耗品もけっこう減って来てるね。足りない物があったら教えてね」 
「チョコとー、キャラメルとー、クッキーとー、ビスケットとー、キャンディとー、マシュマロとー、ドーナツとー、バウムクーヘンとー、パウンドケーキとー、フィナンシェとー、マドレーヌとー、フロランタンとー、スコーンと-、テリーヌショコラとー、蒸しケーキとー、チップスとー……」
「どんだけ食うつもりだよ」
「まだ半分も言ってないしー」

 大量のお菓子を買う気満々なメルが、若干引き気味なヴァニスにツッコミを入れられている。
 そんなメルも、柴瑛君にさりげなくモフられているが……これは気づいているけどあえてのスルーで、あの子に気を遣わせないようにしてるんだろうな。
 ともかく、足りない物をメモにまとめて、明日買い出しに行く事となった。
 とんでもない量のお菓子が追加される可能性があったので、メルは強制的に留守番だ。
 それでも、南通りの洋菓子店のカヌレは買ってあげるあたり、父様はメルに甘い所があるんだよな。
 それが二人の、ちょうどいい関係なのかもしれないけど。

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