裏路地の手前側の様子は分かるけど、ここからじゃ奥の方までは見えない。
 父様たちは大丈夫かと心配していたら、陰の中からにょろっと出てきたクートが、魔力でできた鏡のようなものを出した。

「影のある場所なら、これで中継できるよー」

 現場は裏路地の奥、影が無い場所を探す方が難しいくらいだろう。
 クートが出してくれた鏡を見せてもらうと、隊長らしき人が地下に続く階段を下りていったのが見えた。
 その後ろの、ギリギリ見えないくらいの絶妙な位置に、最初に裏路地に入った騎士の人が居る。
 しばらくしてから、その場所にオルバートさんとクラニスさん、市民に扮した騎士たちも合流し、アジトと思われる地下への階段の前に集まる。
 同時に父様たちと、そちら側に居たであろう騎士たちも合流、入口に複数人の騎士を残し、オルバートさんたちはアジトへと踏み込んだのだ。

 勢いよく開けられた扉と騎士団の乱入に、犯人たちは理解が追いついていないのか、ポカンとしたり挙動不審になったりしている。
 そんな中、あの目つきの気持ち悪い人が、奥にある箱に手を伸ばす……が、それを見逃さなかったメルは、鋼鉄の蹄キックを彼にくらわせた。
 彼は衝撃のままに箱の方へ倒れ、そのせいで箱の中身が盛大にぶちまけられる。
 中に入っていたのは手のひらサイズの小瓶で、それを見た犯人たちはあからさまに「まずい」という表情になる。
 すぐにクラニスさんとメルが小瓶を確認し、禁忌の魔力で間違いないと特定した。
 そして逃げようとした人たちは騎士たちに取り押さえられ、弁解する人たちも抵抗空しく連行されていく。

 しかし、諦めの悪い隊長が、瓶の箱に向かって何かの魔道具を投げた。
 すると小瓶の中身が赤黒く光り、瓶を割って禁忌の魔力が出てきてしまったのだ!
 それも一つや二つではない、大量に保管されていた瓶の全てから、おぞましい数の塊が這い出してきて、鳥のような形になって飛び立っていく。

「まずいぞ!」

 ヴァニスが叫んで窓の外を見ると、ここからでも分かるくらい気持ち悪い、とんでもない数の禁忌の群れが上空へ向かっていく。
 それを見た柴瑛君や外に居た騎士たちは、魔法と魔道具で応戦しているが、以前のようにすぐに倒すことが出来ない。
 大通りに出た塊は一体だったし、攻撃してくる以外での動きも鈍かった。
 しかし今度の禁忌はかなりの数がいる上に、鳥のような姿のせいか動きも早い。
 前回のように魔法を放っても、一度にすべてを倒す事が難しいのだ。
 それならば、さほど大きくはないし物理的に倒すか……でも、斬る叩くくらいでは禁忌は死なない。木っ端微塵にするレベルじゃないといけないはずだ。
 ディディさんの槌なら、それが出来ているようだけど……やはり問題は、数の多さだ。

「どうしよう……何か方法は……」

 焦る気持ちと裏腹に、禁忌の群れはアジトから次々に飛び出していき、どんどん数を増やしていく。

「……シエル、ここから出るな」
「え? ヴァニス、どうするの?」
「柴瑛の魔力と俺の秘剣が、合わせられるかやってみる。こうなったらダメで元々だ」

 ヴァニスはそう言って窓から飛び出し、屋根伝いに柴瑛君の方へと向かった。
 そうしているうちに、群れは大きくまとまってうねうねと動き、市民の人達も異変に気付いて逃げ惑っている。

「シエルー!!」
「メル!?」

 ヴァニスと入れ替わるようにして、窓から飛び込んできたのはメルだ。
 勢いのままに僕に飛びつくと、息を切らしながら話し始める。

「シエル、ここから防御壁、街の上に張って! 物理攻撃を弾くやつ!」
「防御壁を?」
「あそこにシャルムがいるから! 禁忌のやつら、物理を通さない種類の魔法なら効くかもって!!」
「わ、分かった!」

 急ぎ口調のメルは前足で、真正面にある塔を指す。
 メルの言うとおり、塔には父様の姿が……町を覆うほどの防御壁は規模が大きいから、一緒に魔法を使った方が効率がいいということだ。
 僕が防御壁を張ると、父様も同時に魔法を使ったようで、街の上空に魔力の壁が張り巡らされる。
 上空に居た禁忌の群れは、屋根の上に居た柴瑛君やヴァニス、騎士たちを狙ったが、防御壁より下には行くことが出来なかった。
 成功だ。禁忌は上に居る限り、下にいる人たちの所へは行けない。
 でも、僕たちの張ったこの魔法は、物理攻撃を弾くもの……つまり、魔法攻撃はどちらからでも通すのだ。
 柴瑛君の魔法に騎士たちの魔道具、そしてヴァニスの作戦も上手くいったのだろう、柴瑛君の魔力の宿った秘剣が衝撃波のようになって、上空の禁忌たちを倒していく。
 
 だけど、やはり問題は禁忌の数だ。
 最初よりはだいぶ減ってきたけど、まだ群れをなすくらいに多くいる。
 いくら倒す術があるとは言っても、それを無限に続けられるわけではないのだ。
 現に、現場にいる人たちには疲れの色が見えだしてきているし、僕と父様も防御壁を永遠に張り続けられるわけじゃない。

「……あ、いい事思いついたー。シエル、もうちょっと頑張ってー」
「クート?」

 何を思いついたのかは分からないが、クートはしゅるんと影に入り、どこかへ行ってしまった。
 視線を戻すと、僕の隣にいるメルが険しい表情になっているのに気づく。

「まずいな……柴瑛の魔力、もうだいぶ少ない」

 いつものおちゃらけとは程遠い様子で、メルが呟く。
 今回の切り札である柴瑛君の魔力が無くなってしまうのは、大問題だ。
 禁忌を倒せなくなるのもだが、魔力を尽きるほど使ってしまったら、柴瑛君自身にも命に関わる影響が出る可能性が高い。
 それは本当にまずいと、僕の中にさらなる焦りが生まれた時。

「おまたせー。じゃー、たのんだー」
「まかせろってんだ!」
「え!? フォドラニス!?」

 クートが僕の影から再び出てきた時、なんとフォドラニスを連れてきたのだ。
 威勢よく飛び出したフォドラニスは、空中を泳ぐようにして禁忌の方へ向かい、奴らにめがけて思いっきり水を吐く。
 フォドラニスの魔法が禁忌に直接効いているわけではないが、禁忌の群れは水の抵抗によって動きを鈍らせ、水中にまとまってしまっている。
 まるで空中を流れる川の中に出来た、大きな魚影のような……あ、これはまさか!!

「柴瑛! やれ!!」
「!! はい!」

 フォドラニスの行動の意味を察した柴瑛君が、禁忌の魚影に向かって特大の雷の魔法を放つ。
 水の中にまとめられた禁忌たちは見事に感電し、プカリと浮かぶ事も無く消滅していった。
 それを見ていたメルが窓から飛び出し、宿屋の屋根の上で感知の魔法を使った。そして……。

「……うん、もう大丈夫。一匹も残ってないよー」

 静まり返った街中にメルの声が響き、一瞬の間の後に歓声が上がる。
 中には近くの人とハイタッチをしたり、ガッツポーズをしている人も多くいた。
 屋根の上ではふらついた柴瑛君をヴァニスが支えている……本当にあの子は今回の一番の功労者だな、戻ったらしっかり休ませてあげないと。

 街の歓声はだんだんと大きくなっていき、これで一先ずは終わったんだ、と安心したらなんだか力が抜けていく。
 気が抜けきってへたり込む僕を、戻ってきたメルがモフっと支えてくれた。

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