夜も更けて、辺りはすっかり真っ暗になる。
 町中と違って、完全に人気のない草原の真ん中だから、静けさが少し不気味に感じてしまう。
 魔動馬車の周りには結界が張られているから、魔物や盗賊に襲われる心配はないけれど、それでも町の灯りの無い暗闇というのは、少し怖い。

「シエル、ちょっといいか?」
「ヴァニス? どうしたの?」
「少しだけ、外に出てみないか?」
「えっ!? 危なくない?」
「結界の外には出ないよ。凄いのが見れそうだと思って」

 ヴァニスはそう言って僕を誘うけど……凄いのって何だろう?
 疑問の残る僕を連れて、ヴァニスは魔動馬車のキッチンと運転席の間にある、屋根に昇れるはしごを使って外に出る。
 僕も続いて上がるけれど、屋根にはプランターや鉢が置いてあるから、引っ掛けて倒さないように気をつけないと。

「ヴァニス、凄いのって?」
「上、見てみろよ」

 言われたとおりに目線を上に向けると、見事としか言えない満天の星空が広がっていた。
 周りはどこまでも続く草原で、山や森の影も遠くにしか見えないから、遮るものが全然ない。
 加えて、新月なのかもう沈んだのかは分からないが、月の姿も無かったから、本当に星の光だけが夜空に輝いているのだ。

「すごい……」
「こんなの、町中じゃ見れないよな」

 確かに、町の中には家の灯りや路上の街灯など、夜特有の光がそこかしこに灯るから、星空を見るには向いていない。
 町の中で見た夜空は、月のように強い光でないものは、なんとなくあのへんで光ってるな、くらいの認識だった。

「夜空には、こんなにたくさんの星があったんだね」
「ああ、一つくらい落っこちてきそうだよな」

 ヴァニスは冗談のような事を言っているが、実際に星が落ちてきたらどうなるんだろう?
 やっぱり、あの星形の石がコロンと転がるのかな。

「星って食べられるのかな」
「え? 石みたいのものじゃないの?」
「いや分かんないぞ、光るイカがいるって聞いた事あるし」
「でも、星は動物みたいに動かないよ?」
「じゃあ植物みたいに、見えない所に根や茎があるのかもしれん」

 ヴァニスは何故か星を食べたいようだが……そもそも、その光るイカも食べて大丈夫なものなのかな。
 光るキノコは食べちゃダメって、父様が教えてくれたけど……。
 あれ、凄い景色に感動してたはずなのに、いつの間にか食材の話になってるぞ。
 なんだか二人して、食い意地がはってるみたいだな。
 えっと、こういう時ってどうするんだっけ? たしか物語だと、恋人たちがいい雰囲気になってキスとかしたり……キス!?

「いやいやいや!! まだ早い!!」
「し、シエル? どうした?」
「嫌ではない!! ぜんぜん嫌ではないけど、心の準備が全くできてないよ!!」

 頭から湯気が出そうなくらいの恥ずかしさでうずくまって沈んでいく僕を、ヴァニスが少し心配そうにのぞきこんだ。

「早いってなんだ? 星の収穫か?」
「……ちがうよ……」

 僕の思考はヴァニスに悟られなかったみたいだけど……というか、まだ星を食べる気でいたのか。
 さすがに騒ぎすぎてしまったのだろう、キッチンのはしごから父様が顔を出して、僕たちの様子を見に来た。

「なにしてるんだい? 夜に長く外に居ると、冷えてしまうよ」
「あ、う、うん……ヴァニス、そろそろ戻ろうか」
「あ、ああ、そうだな」

 確かにちょっと冷えてきた事もあって、僕たちはいそいそと馬車の中に戻る。
 途中でヴァニスが「なんだ今の、かわいい」と呟いていたのは、聞かなかった事にしておこう。


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