イグニ様からの許可をもらい、すぐに温室と菜園の工事が始まった。
 といっても、温泉より一回りほど小さめの範囲だし、俺が自分で手入れをする分には、狭すぎず広すぎずの十分な大きさだ。
 完成したら何を植えようか……これからの時期は、夏の花や野菜がいいだろう。
 慣れてきたらハーブや茶の木を育てて、自家製の茶を淹れるというのもよさそうだ。

 そんな些細な計画を立てていたら、窓の外が一瞬光った。
 どうやら急に雷が鳴り、雨も降り出したようだ。
 外に居た火竜たちは、一目散に建物の中に入っていく……そういや、彼らにとってはシャワーが修行だと言っていたな。

「カナデっ!! 大丈夫か!?」
「えっ? イグニ様? 大丈夫って……」
「突然降り出したから、驚いただろう? 見ての通り、外は地獄のようだ」

 いや、俺は別に雨は平気なんですが……まあでも、確かに雷にはちょっと驚いたし、無駄に濡れて風邪をひく事を考えたら、それは普通に嫌だな。
 少しの間に、雨は窓に打ち付けるほどに強くなっていき、外の木は激しく揺れ出している……どうやら、嵐になってしまったようだ。

「しばらくは止みそうにないな……カナデは俺のそばに居ると良い。部下たちも今日は中の仕事をさせよう」

 俺は雨風さえ凌げれば、一人でも大丈夫だけど……いや、これはイグニ様が大丈夫じゃないんだろうな。
 その証拠に、いつもは俺の所に来ると嬉しそうにパタパタと動いている尻尾が、今日は見るからにしょんぼりしつつ、先っぽだけぴょこぴょこと揺れている。

「じゃあ俺、イグニ様の執務室に行きましょうか?」
「ああ!! それがいい!!」

 分かりやすく喜ぶイグニ様に手を取られ、一緒に執務室へと向かう。
 と言っても、仕事の邪魔をするわけにはいかないから、俺はすみっこで本でも読んでいよう。
 そう思っていたら、奥の部屋の扉が開き、アルバが顔を出す。

「あ、やっぱりカナデ様を連れてきちゃいましたね」
「やっぱり?」
「……実は、四竜王様の執務室には、番様は極力、入室しないようにする事となっているんですよ。あ、変な意味ではなく、惚気竜が仕事しなくなるからです。でもさっきの様子だと、お連れするんじゃないかと思って」

 アルバの説明からするに、すでに別の竜王様の所で前例があったみたいだな。
 じゃあ、俺は自室に戻ったほうがいいのだろうか。
 しかしイグニ様は、この嵐のせいか気の弱い大型犬のようになりつつも、しっかり俺にくっついている。

「……はぁ、じゃあこうしましょう。カナデ様は執務室の隣の休憩室で、お待ちになっていてください。イグニ様は今日の分の仕事を終えたら、そちらに行っていい事にしましょう」
「……そこまでしなくてもいいだろう」
「ダメですよ、カナデ様にデレデレになる気持ちは分かりますが、それが原因で、五十年前に風竜宮の書類がとんでもない事になったでしょう」
「……」

 イグニ様は難しい顔をしつつも言い返さなかったが、やはり過去にその手の事件があったようだ。

「えーと……じゃあ、俺は隣の部屋に居ますね」
「……カナデー……」
「お仕事が終わるまで、待ってますから」

 そう言って、イグニ様の右手をそっと握る。
 それだけでも効果はあったのか、イグニ様はやる気が爆発し、普段の倍近くの速さで仕事を終えてしまったそうだ。