「むぅー」

 外に置かれた折り畳み式のベンチの上で、メルはふくれていた。
 後から分かったのだが、キッチンと運転席の間にある収納に、ダイニング用の折り畳み式テーブルが一つとベンチが二つ入っていたのだ。
 守り人の村を目指し、東の街道から馬車を出したまではいいんだけど、メルの運転は本人の言っていたとおり乗り「回す」ものだった。

 魔動馬車は動く時に、地面から大きめの木箱一つ分くらいの高さで浮く。
 段差や高低差は馬車が感知して避けてくれるから、運転手は行きたい方向にハンドルを回すだけだ。
 多少の揺れや振動を抑える魔法もかけられているので、本来なら地面に立っているのと大差ないくらいの安定感で移動するはずだったんだけど……。

 多分メルは、ハンドルを回しまくったのだろう。
 それはもう見事にグルグルと回りながら進み、そのおかげでメル以外の全員がしっかり酔い、父様が昼食用に作っていた野菜のスープの鍋もひっくり返ってしまった。
 街道に他の馬車や通行人が居なかった事と、収納が魔法のポーチと同じ作りだから、中の物がこぼれて大惨事にならなかった事は不幸中の幸いだろう。
 もちろんメルはしっかり怒られて、魔動馬車運転禁止令が出されたというわけだ。

 そして、さすがにこの酔いまくった状態で進むのは辛いものがあったので、前の町からそこそこ離れたくらいの川沿いに馬車を止めて休憩した。
 初めはみんな死にそうな表情になっていたけれど、休んだおかげで昼頃には復活し、今はお昼ご飯の準備中。
 今日は天気もいいから、せっかくだし外で食べようという話になって、こうしてテーブルとベンチを出してきたわけだ。

「外で食べるのって、なんだかいいよね」
「こういうのも、旅ならではだよな」

 ヴァニスがテーブルを運んでくれ、僕はカトラリーを準備する。
 そして父様特製の料理が運ばれ、爽やかな青空の下での昼食が始まった。
 今日のメニューはトマトのサラダにチーズオムレツ、バターたっぷりのパンケーキ、どれも美味しそう。

「ほらメル、いつまで拗ねてるの」

 メルはこういう形のクッションと言われても違和感のない体制で、ベンチの端っこに乗っていじけていた。
 しかし、父様がパンケーキを一口サイズに切ってメルの方に近づけると、メルは顔だけ出してパクッとそれを飲み込み、また顔を引っ込めてもくもくと食べていた。
 メルはいじけて丸くなる時が時々あるけれど、父様が作った料理はしっかり食べるんだよな。
 父様もいじけ毛玉のメルの扱いは分かっているようで、パンケーキを切ってはメルに食べさせている。

「そういや、次の町ってまだ遠いんですか?」

 ヴァニスが思い出したように尋ねると、父様はメルの口を拭きながら答えた。

「あと二つの川を越えた先だよ。距離はそこまでではないけど、時間的に途中で野宿になるかな」
「野宿って言っても、馬車の中でだよね?」
「そうだね。もう少し進んでから、頃合いを見て停めようか」

 馬車の中で一夜を過ごす……なんだかドキドキするな。
 開放的な気分の昼食を終え、机や食器などを片付けたら、父様の運転で再び出発となる。
 移動を続ける馬車の中、僕はヴァニスと食器を洗っていたけれど……水を使っているのに揺れを感じずに作業が出来るのって、本当にすごい。
 初めて乗ったのがメルの運転だったから、余計にそう思うのかもしれないけどね。

 少し空けた窓から入ってくる風は心地よく、片づけを終わらせてヴァニスと他愛ない話をしたり、父様に休憩のお茶を淹れたりしている間に、太陽はだいぶ傾いていた。
 日が完全に落ちる前に、街道から少し外れた草原に馬車を停める。
 魔動馬車は夜間モードにすると、外敵から持ち主と馬車を守る為の魔法の結界を、本体を中心にした一定のエリアに張ってくれる。やっぱり便利。
 馬車の中で食べる夕食もまた特別感があり、温かいオニオンスープをお腹に入れながら、なんとも言えない不思議な気分になっていた。

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