あれは僕の五歳の誕生日だった。
 父様が王都の食料品店にパーティーの食材を買いに行き、僕はメルと一緒にお留守番をしていた。
 聞きなれた玄関の扉が開く音と同時に、父様は見知らぬ子を連れて帰ってきたのだ。
 その子は僕と同い年くらいだったけれど、なんだかボロボロで、こちらを警戒しているような感じがした。

「とーさま、そのこ、だあれ?」
「ヴァニス君だよ。一緒にご飯を食べていってくれるって」

 その頃の僕はヴァニスの事情など知らず、初めて会った同じ年頃の子に興味津々だった。
 メルにお風呂に入れられて綺麗になったヴァニスは、そのまま僕の誕生日のパーティーに出席する形となる。
 一心不乱に食を進めるヴァニスの様子を見て、当時はよく食べる子だなあと暢気に思っていたが、今思い返せばあの時のヴァニスは、まともな食事を胃の中に確保しようと必死だったのだろう。

 それから、ヴァニスは頻繁に僕たちの家に来るようになった。
 父様が当たり前のようにヴァニスの分の食事も作ってくれるから、最初は単純にご飯目当てだったのだろう。
 そのうちに父様はご飯だけでなく、ヴァニスの服や日用品も揃えるようになっていく。
 ヴァニスも僕たちの家の方が居心地がよくなったのだろう、泊まっていく日も日に日に増えていった。
 そんな日が続いていくうちに僕たちも少しづつ仲良くなっていき、ある程度の事が理解できる年齢になった頃に、ヴァニスは自分の事情を話してくれた。

 騎士団長の家の子でありながら、両親のどちらにも似ていない見た目のせいで、家族に嫌われているという事。
 良くしてくれた世話役の使用人は幼い頃に居なくなってしまい、その後は食事も碌に食べられない状態だった事。
 放置されていた事を逆手に取り、家を抜けだして町の路地裏のゴミ捨て場で、飢えを凌ぐための食べ物を探していた事。
 そうしていたら父様に見つけられ、そのまま僕たちの家に連れて来てもらった事。

 そして「初めから、シャルムさんの子どもになりたかった」と言って泣いた。
 彼が家でどんな事をされたのかは分からないけれど、きっと存在を否定したいくらい酷い家族だったのだろう。
 やがてその酷さを、僕も目の当たりにする事になる。

 僕たちが学園に入学できる年齢になった時だ。
 ヴァニスの親も兄も、その頃から王太子の取り巻き状態で、王太子の我儘を正義とする連中だった事を知った。
 この国では、学費を出すことが出来る経済環境の家なら、平民でも学園に通える。
 ただ、学科は違えど貴族の令息たちと同じ学園である以上、所々に警備役の騎士も居るのだ。
 その肝心の騎士たちは、騎士団長の指示なら不正をも正とする、頭の悪い腰巾着ぞろい。
 連中はバカちん王太子の下心丸出しの誘いを断った生徒や、バカちんに苦言する生徒の方を厳しく取り締まった……と言うより、暴力的な方法で黙らせたようなのだ。
 そのおかげでバカちんはやりたい放題、逆らえるような生徒もおらず、同じような取り巻きになるか、遠巻きになるかだった。
 その成果は騎士を配属した騎士団長の手柄にもなり、それが王太子にも評価されるという、世界で一番必要ない循環が生まれてしまったわけだ。

 そんな時に、僕がバカちんの仮の婚約者になったと知らされた。
 はっきり言ってものすごい嫌だったが、父様の今の立場の事を考えると、無下に断るわけにはいかない。
 いくら僕たちが守り人という切り札を持っていると言っても、当時はまだ公爵が失脚していなかったから。
 今思えば、守り人である事をごり押ししてでも断ればよかったけれど、当時の僕ではそこまで頭が回らなかったのだ。
 ただ、一応の婚約者としてバカちんの現状を王家に報告したけれど、それに関しては有耶無耶に返されて改善もしなかったから、その時点で、もうこの王家はいつか見限っていいんじゃないかと思うようになった。
 だから僕は奴に関わらないようにしつつ、父様の立場を脅かさないようにと、形式だけを残して一定の距離を保ったのだ。

 だけど、それを聞いたヴァニスが父様に頭を下げた。
 僕を守るために学園に入りたいから、どうか学費を出してほしい、と。
 父様はそれを了承し、ヴァニスは元々あった剣術の腕前をさらに磨き、同時に必死に勉強をして、僕と同じクラスに編入することが出来た。
 入学前の鍛練中に秘剣の能力に目覚めた事もあって、さすがの騎士たちも形だけは公爵令息の僕と能力者のヴァニスにどうこう言ってくる事は無かった。

 それから、ヴァニスは可能な限り僕のそばに居てくれた。
 僕が一人の時に、王太子に殴られそうになった時は怒り狂って突っ込んでいきそうだったけれど、形式上は騎士団長の息子であるヴァニスの立場を考えると、それはまずいと思って引き止めたのだ。
 いくら秘剣の能力者であっても、この国の騎士になるのであれば、王家に楯突いて立場を悪くするのはよくない。
 その時はそう思っていたけれど、婚約破棄騒動から今までの事を思うに、ヴァニスは父様に頭を下げたあの時から、僕の騎士でいてくれたんじゃないだろうか。

 僕にとって、ヴァニスは大切な幼馴染で、唯一の友人。
 だけど、一緒にいると感じる温かいような心地いいような、幸せなその気持ちは、友人に対する気持ちとは少し違う。
 ヴァニスが僕の騎士になってくれたように、僕にもヴァニスに対しての特別な気持ちがあるのかもしれない。




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