またしばらくの月日が流れ、俺の怪我はすっかり治っていた。
 しかし、体がなまってしまっているな……うん、鍛練も兼ねて、そろそろ出ていこう。
 俺の愛用の笠に刀、布袋に路銀もちゃんと残っているな。旅装束の方もちゃんと取っておいてくれたようだ。
 あとは火竜王様とフラムさん、アルバとロドにお礼を言って……そうだ、宿のおっちゃんに、宿代も払っていかないとな。

「カナデ? 何をしているんだ?」

 ちょうど火竜王様が、ロドと一緒にやって来た。
 ロドは俺の内臓に大ダメージを与えた竜人だが、和解して仲良くなると、お調子者で面白い人物だと分かった。
 他の竜人たちと比べるとけっこうな短髪にしているので、彼も比較的分かりやすい見た目だ。

「火竜王様、ちょうどよかった。そろそろ旅を再開しようと……」

 俺の言葉が終わる前に、火竜王様は持っていた書類を綺麗に落とし、それを拾ったロドが書類まみれになる。

「か……カナデ? 今なんと言った?」
「え? ですから、そろそろ旅に出ようと……」
「駄目だ!!」

 すごい勢いで俺に詰め寄る火竜王様は、さすがの迫力だ。
 ガッシリと両腕を掴まれて圧倒してくる……加減はしているようだが、やはり地味に痛い。

「ちょ……痛いですよ」
「あ、ああ、すまない」

 火竜王様はそう言って俺から手を離しはするが、圧はまだ消えていない。

「何故だ? 何故旅などに出るのだ?」
「え、だって俺、旅人ですし」
「旅をする理由があるのか? 誰かを、あるいは何かを探しているとか、目的の地があるとか」
「いえ、別にそういうのは……」
「ならば、永遠にここに居ればいいではないか」
「え、永遠に? でも俺、行きたいところあったし……東の酒の名産地とか」
「取り寄せればいい」
「南の海の海鮮料理とか」
「それも取り寄せればいい」
「北の温泉街とか」
「宮に造ればいい」
「造る!? あと、この町の宿の代金、まだ払ってないし……」
「そのくらい俺が払う」

 俺が出ていくくらいの事で、何でこんなに必死なんだ、この人は。
 番だから、と竜人たちは言うが、その感覚がいまいち俺には分からない。
 どうしたものかと思っていると、書類にまみれたロドがこっちに来て言う。

「諦めてくださいよ、この長は何言っても聞きませんし、世界の果てまで纏わりついてきますよ? それにカナデ様の為の庭園造りも、もう始まっちゃってますし」
「庭園造り?」
「ほら、宮のすぐ傍に更地があるでしょう? あそこは番様の為に、お好みの施設を造る予定地なんです。総称として庭園って呼んでるだけで、実際にはなにを造ってもいいんですけどね。もう地盤工事が始まってるんですよ」

 窓から更地の様子をみたら、竜人の大工のような人々が、それぞれの作業をしていた。
 そしてロドは持ってきた書類を机に置き、ふう、と一息ついて再び話し始める。

「この書類、ぜーんぶその施設案内です。カナデ様のお好みがまだはっきりしてなかったから、とりあえず全部持ってきましたが……温泉は造るんでしたね? あとはやはり酒蔵と生簀ですか?」
「え!? ちょ、ちょっと待ってくれ、そういう意味じゃ……」
「遠慮はいらないぞ? 君の為ならなんでも造らせる」

 火竜王様はそう言って微笑むが……一庶民が竜王様の感覚になど、全くついてけない。
 とりあえずこの日は決定した温泉を作る事と、残りの土地に建てる施設は保留という事になった。
 そして安宿のオーナーのおっちゃんは、火竜王様からとんでもない金額の宿代が支払われた為に腰を抜かしてしまったらしい。