公爵邸の正門には、鉄と木を組み合わせたタイプの大きな扉が付いている。
 父様は臆することなくその扉に向かってずんずんと進み、僕とヴァニスも後に続いた。
 今はしっかりと閉ざされたその扉は、本来なら二人の門番が仕掛けを動かして開けるという、とても分厚く重いものだ。
 扉の向こうからは、公爵の声が聞こえる……おそらく、追手の騎士と合流したのだろう。

「三人とも、下がってて」

 父様はそう言って扉を見上げると、自分の両手足に魔力を纏わせた。
 あ、これは本気でいくつもりだ。
 僕たちを馬鹿にするように笑う門番たちを横目に、父様は扉に向かって軽く駆けだし、魔力の込められた綺麗な右ストレートを繰り出した。
 その瞬間、爆発音とも倒壊音とも言えるような轟音が周囲に響き渡る。
 そして正門の扉は外に向かってゆっくりと倒れ、地面に到達すると共に気持ちいいくらいの大音量で崩れていった。

「やっぱちょっと鈍ってるなー」
「昔は粉砕できたのにねー」

 さり気ない会話をしている父様とメルだが、二人にとっては「ちょっと運動不足かな?」くらいのノリなのが恐ろしい。
 もちろん普通の人間にこんな事は出来ないが、父様は魔法使いと武闘家を足したような戦い方をする人だから…今のは自分に魔力を纏わせることで、いつもの攻撃に何十倍もの破壊力を上乗せしたのだろう。
 扉の向こうでは公爵と騎士団、野次馬の領民たちが口をあんぐりと開けている……これだけの人数の表情が一致するというのもすごい事だな。

「……な……な、な……」

 やっと声を出した公爵だが、贅肉を小刻みに揺らしながら震えている。
 その隣に居る騎士団長は、ヴァニスの父親だ。
 と言ってもヴァニス自身は、親や家族らしい事など何一つしなかった彼らの事を心底嫌っているから、認めたくはないだろうな。

「……シ、シエル・エルメトリ!! 貴様とその親族を拘束しろと、王太子殿下の命を賜った!! 大人しく投降しろ!!」

 若干の沈黙の後に口を開いた騎士団長だが、ちょっと言ってる意味が分からない。
 だってあのバカちんは、僕を国外追放にすると言ったはず……なのに、今度は父様も一緒に拘束?
 しかも親族って言ってんのに、一応形だけだけど親である公爵はお咎め無しなわけ?
 僕は父様とメル、ヴァニスと顔を見合わせたけれど、みんなして「なに言ってんだこいつ」という表情になっていた。

「抵抗するな!! こいつがどうなってもいいのか!!」
「!?」

 邸の中に潜んでいたのだろうか、突然僕の後ろに現れた騎士が、僕を人質にとろうとした。しかし……。

「ふんっ!!」
「てぇい!!」
「おらぁ!!」
「……クソが」

 メルのジャストフィットの目潰しキックに続いて僕の背負い投げが決まり、地に落ちる間もなくヴァニスのボディブローが入った後に、魔力強化状態の父様に股間を踏みつぶされるというフルコースで、騎士はあえなく撃沈した。
 人質というのは、無抵抗のか弱い相手だからこそ成り立つものだ。
 僕の見た目は父様そっくりで、線が細く物静かな印象を受けるだろう……しかし、中身は手も足も魔法も出してしっかり抵抗するタイプだ。
 それにいきなり現れてバカちんの命で拘束とか、意味不明も説明不足もいいとこだし、それに従うのもどうかしてる。
 そんな奴らに僕たちが大人しくしてやる事も、やられてやる必要もないのだ。

「き、貴様ら、どういうつもりだ!!」
「あ゛ぁ!?」

 騎士団長の言葉にガラ悪く返事をしたのはヴァニスだが、僕としてもそのセリフをそっくりそのまま返してやりたい。

「ヴァニス!! お前はマルジェ家の者だろう!! 我が家の名に泥を塗るつもりか!!」
「はん、すでに泥どころかカビ生えてんじゃねーか。それに俺を育ててくれたのはお前らじゃねぇ、シャルムさんだ。今更血縁者面してくるんじゃねーよ」

 そう、ヴァニスは家で孤立していた……いや、あれはもう虐待と言っていいものだろう。
 まだ互いに幼かったあの日、父様にうちに連れられて来たヴァニスは、全てを憎んでいるような子だった。


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