昨日持ってこられた施設案内の書類を前に、俺は頭を抱えていた。
 俺の為に大規模な工事が始まってるとか、これでは気軽に旅に出られないじゃないか、まずいな。
 予定地の様子を見に行ったら、大工の竜人たちに謎の感謝をされまくったし……。
 いや、彼らに限らず、火竜の竜人たちのほとんどからは、何故か涙ながらに感謝される。

 なんでも、火竜王様の番が何千年という単位で見つからなかったから、もう亡くなってしまったのでは、という諦めの境地に入っていた竜人たちも多かったのだそうだ。
 番を失う事は、自分の命を失う事と同じ。本当にそうなら、火竜王様が不憫で仕方ないと語ってくれたが……俺にはまだその感覚が分からん。
 ともかく、俺が現れた事は火竜王様自身だけでなく、火竜の竜人すべてにとって目出度い事なんだそうだ。

 その影響で、俺の為の施設づくりも張り切って行われているようなのだが……。
 しかし、この中から施設を選べと言われても、さすがに選択肢がありすぎて困る。
 温泉に関してはすでに造られ始めてるし……うん、温泉はいいんだけど。
 ……もうここは逆に、消去法で決めていこう。
 俺の趣味ではない施設は外していけば、選択肢も減るだろう。

 まず、魔法関連の施設は必要ない。俺の魔力は特殊なほうだし、使う事もあまりないからな。
 次に舞台。俺も音楽や演劇は好きだが、さすがに専用にまではしなくていい。
 それから、女の子が好むような可愛らしい施設も、男の俺にはちょっとな……。

「うーん……」
「そんなに悩まなくてもいいだろう」
「うわぁびっくりした!!」

 机の前で唸る俺の様子を、火竜王様が覗き込んでいた。いつの間に来たんだ。

「なんだ今のは、可愛すぎるだろう」
「かわ……いや、いつから居たんですか」
「カナデが頭を抱えていた時からだな」
「だいぶ始めの方!?」

 来たなら来たで、一言言ってくれればいいのに。
 しかし火竜王様は俺のツッコミは特に気にせず、俺が分けた書類の方を見ている。

「魔法研究所や舞台が欲しいのか?」
「あ、いえ逆です。選びきれないから、消去法で進めようと思って」
「ふむ……このピンク色のガゼボなど、似合いそうなものだぞ?」
「勘弁してください」

 火竜王様の謎の提案に、俺は小さな溜息を吐く。
 可愛らしい女の子やオシャレな男性ならわかるが、俺にピンクは無いだろう。

「決めかねているのなら、やりたい事でもいいんだぞ?」
「やりたい事?」
「建ててみて自分に合わなければ、別の施設に建て直せばいい。他の番たちもそうしている」
「でも、せっかく建ててくれるんですし……」
「定期的な建て直しやリフォームは、竜人族にとっては普通の事だ。大工たちの仕事にもなるしな」

 そうは言われても、やりたい事というのもピンとこないんだが。
 強いて言うなら旅がしたいけど、それは却下されるだろうしな……あれ、なんか俺、火竜王様に絆されてないか?
 いや、俺は出来れば定住はしたくないんだけど……だが、居る間くらいは世話になりっぱなしというわけにもいかないよな。

「あの、火竜王様。ここって仕事はありますか?」
「仕事?」
「俺でも皿洗いとか掃除くらいなら普通にできますし、荷運びとかの力仕事もやってましたし……」
「……しなくていい」
「え? でも」
「カナデの可愛らしい手が荒れたり傷がついたらどうするんだ!! そういう事は専門の者たちに任せておけばいい」
「でも、さすがにタダ飯食らいのまま、というわけには……」
「君が俺の番である、という事だけで役割は果たしている。番というのは、我々を癒す存在でもあるからな」
「癒す? 俺、そういう魔法は使えませんよ?」
「何を言うか、カナデは存在しているだけでヤバいくらいに愛らしく、君を想えばテンションもやる気も幸せホルモンも爆上がりだぞ?」
「ええ……?」

 この人は、真面目な顔で何を言ってるんだ。
 いや、嘘ではないみたいだけど、俺からすればちょっと意味が分からない。

「それに、君が誠実である事が分かった」
「え、誠実って」
「タダ飯食らいのままでいるのは、気が引けるし私や部下たちにも悪いと言いたいのだろう? そんな謙虚な精神の持ち主は、自称番候補には居なかったからな」
「自称番候補……?」
「四竜王と血縁的な意味での繋がりを持ちたがっていた、王家や貴族の連中だ。俺に手頃な令息を紹介してきてな……あ、誤解しないでくれ、万が一を考えて、面会だけしたんだからな? 彼らは人間の王貴族としてのマナーや立ち振る舞いは完璧ではあったが、だからどうしたという話だ。俺が求めているのは唯一の番であって、政略結婚の相手ではない。それにいくら表面だけを繕っても、奴らの底意地の悪さは滲み出ていたからな。本当の番が奴らと同族のような人間だったら、どうしようかと思っていたくらいなんだぞ?」
「……まあ、俺は貴族とは縁は無いですし、マナーとかもさっぱりですけど」
「ああ、俺の番が旅人のカナデで本当に良かったと思う。君は俺も、アルバとロドも許してくれた、優しい子だ。そうでなければ、俺の二人の部下が刑に処されていた事だろう」
「刑って、例の……?」
「そうだ、極刑の公開処刑……竜人の受ける刑は、自分の番が瀕死になるまで複数人の執行人に暴行と強姦をされ、最後に四肢を切断されて鴉に啄まれて原型を失う所までを、最後まで見届けなければならない。その後に番と同じ方法で自身の刑が執行されるが、その頃には竜人は死んだも同然だ。自分よりも番がどんな目に合うかの方が、我々にとっては重要だからな」

 これは具体的な方法は、ちょっと聞きたくなかったかな……思ってたよりグロかった。
 でも、だからこそアルバとロドは、鼻垂らしてまで俺に感謝してたのか。
 自分たちの失態で自分の番がそんな目にあってしまうなんて、気が気ではなかった、どころの話ではなかった事だろう。

「俺の本当の番が見つかった事も、部下たちが許された事も公表してあるから、もうそんな心配は要らない。ところで、次の施設は決まったのか?」
「あ、えーと……」

 途中から話が脱線したせいか、空いている場所をどうするのか決まっていない。
 俺のやりたい事ってなんだろう。できれば、皆の役にも立つことがいいよな……いやいや、違うって。
 俺は穏便に出ていく方法を考えないといけないんだってば。
 しかし、はっきりとした答えは出ないまま、その日は静かに暮れていった。