「せ、精霊が、何故……」

 上空を見上げた公爵が呟いたが、何故もクソも無い。
 この一件で精霊たちも、この国に留まるか否かを見極めに来たのだ。
 それに精霊たちの言葉で、騎士団長が嘘をついていると明らかになった……精霊たちは、人間に嘘をつく必要が無いから、人間相手には本当の事しか言わない存在として認識されている。
 つまり、精霊たちが騎士団長の事を「嘘つき」と言った事こそ、本当の事なのだ。

『あいつがいるよ』
『エルメトリの公爵?』
『シャルムを虐めてたやつだ』
『シエルを虐めた王子もいる』
『どうする?』
『滅ぼす?』
『サウドみたいに?』
『そうしようか』
『大樹様も許してくれるよ』

 精霊たちの会話を聞いて、所々から悲鳴が上がる。
 守り人とサウドの惨状は、一般市民でも知っている歴史的な悲劇であり、惨劇だ。
 それがまた、この国で行われる? それはさすがにやりすぎになる、と思った矢先に、精霊たちを止めたのは父様だった。

「そこまでしなくていいよ」
『いいの?』
「俺たちはご先祖様たちのように、拷問されたり殺されてはいないだろう?」
『そっか』
『シャルムがいいなら、僕たちもいいよ』

 それを聞いた野次馬のそこかしこから、安堵の声が聞こえた。
 彼らからしてみれば、ひとまずは助かった、と言ったところだろう。

「さて、陛下。契約違反はそちらの方ですから、約束どおりシエルとヴァニス君を連れて出ていきます。いいですね?」
「………………」
「……ち、父上。契約とは何の事です?」

 沈黙を続ける陛下に、王太子が問いかける。
 父様が陛下と交わした契約……なんとなくの予想しかつかないけど、いったいどういうものだったのだろう。

「……シエル殿とヴァニス殿の成人の儀までに、エルメトリ公爵と騎士団長の不正を公にする。王家との婚約を継続するのならば、卒業までに王太子を改心させ、シエル殿と被害を受けた生徒たちに謝罪をさせる。同じく卒業までに、学園所属の警護の騎士を総入れ替えする。そのどれかでも破られた場合、あるいは王族の者が私利私欲の為にシエル殿かヴァニス殿を陥れた場合は、彼ら親子全員をラドキアと無関係の立場にする、という内容だ」

 なるほど、今回の契約違反というのは、婚約破棄の冤罪で僕を陥れようとしたからだろう。
 それに卒業まではまだ日があるけれど、それまでにあのバカちんが改心するとは思えないし、騎士もちゃんと入れ替わってるのか微妙だし、どのみち僕たちは解放される可能性が高かったのか。

『約束、破っちゃったねー』
『しょうがないよね、破った時の約束、守らないとね』

 精霊たちの言葉に、陛下はがっくりと項垂れた。
 これ以上足掻いてもどうにもできないだろうし、ここで下手な事をすれば、それこそ精霊たちの怒りを買ってしまうだろう。

「それじゃあ、我々はこれで。分かってると思いますが、追手など向けないでくださいよ。……みんな、行こうか」
「あ、ちょっと待って」

 国外へ向かおうとする父様を、メルが呼びとめる。
 なんだろう、と思ったら、メルはちょっと大きめの声を出して、王宮にいる諸外国の要人たちに向かって言った。

「言っとくけど、ボクらは守り人の村に帰るんだからねー。ラドキア以外の国でも、途中で変な真似してきたら、許さないよー」

 メルの言葉に、数人の要人たちが反応した。
 この一連の騒動で、フリーになった僕たちを自国に引き入れようと考えていたのかもしれないな。
 ふわふわモコモコの可愛い容姿だが、それを察してしっかり他国まで牽制しているあたりは、さすがのメルだ。
 気を取り直して、今度こそ出発、と思った瞬間。

「ま、待て!! シエル、お前は私の婚約者じゃないか!! 戻ってこい、私を愛しているんだろう!?」

 もうどこからツッコんでいいのか分からない言葉と共に、バカちん王太子が僕に向かって気持ち悪い事を言ってきた。
 これには父様とヴァニスだけでなく、メルたちまで殺気立ったが、僕は大丈夫、と小声でみんなに伝える。
 そして満面の笑みで振り返り、二度と会う事は無いだろうバカちんに向かって、言った。

「父の実家に帰らせて頂きます」


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