心地よい風に柔らかな日の光……穏やかな陽気に、俺はウズウズしていた。
 うん、旅に出たい。
 ……いや、また同じ事を言ったら、火竜王様に大騒ぎされるのは分かっている。
 でも、俺の移動は宮と温泉の行き来くらいだから、正直なところ退屈なのだ。

 仕事をしたいと言っても却下されたし、かといってやりたい事も思いつかない。
 他の番様は、それぞれのやりたい事が、結果的にこの国の役に立っていると聞いた。
 地竜王様の所のグラノさんは元々軍人だったらしく、今でも鍛練を欠かないし新たなトレーニングや戦術の提案をして、軍力を高めているのだとか。
 水竜王様の所のウォルカさんはかなりの魔法マニアで、彼の魔法の研究や魔道具の開発は、国益から生活に至るまで様々な恩恵をもたらしてくれたそうだ。
 風竜王様の所のフォト―さんは食べるのが大好きで、彼の為にと各地からいろんな食材や料理を集めり新作を開発したおかげで、この国の食文化が大きく盛り上がったのだという。

 ……じゃあ、俺は?
 唯一好きといえる旅だって、専門的な視点というよりは、ただの物見遊山だ。
 軍事も魔法も詳しくないし、食べるのは好きだがフォト―さん程ではない。
 温泉は好きだけど……いや、浴場やプールなんて、既にどこにでもあるしな。
 火竜王様や竜人たちの手伝いが出来るわけでもない……今の俺は、こうして贅沢に広いベッドの上で、コロコロと転がっているだけの穀潰し状態だ。

 一応、興味のある事自体はある。
 野菜や花を育てたり、木彫りの細工を造ったり、空や星の様子を観察するとか……。
 今までやってこなかった事を、旅の代わりにするのはどうだろう、とは思っていた。
 でも、この国の為になるかといえば、微妙過ぎるラインでもあるんだよな……。

 ……それに、旅が好きだからってのはもちろんだけど、俺自身も問題ありって感じだから、定住するのに抵抗があるんだよな。
 このままじゃ間違いなく、穀潰しの上に厄介者扱いコース一直線だ。

「火竜たちには悪いけど……やっぱ正直に言って、出ていったほうがいいよな」
「また出ていこうとしているのか?」
「うわぁびっくりした!!」

 転がる俺をのぞき込むように、火竜王様が来ていた。これ、二回目な気がする。
 しかし、さすがにこの転がったままじゃ失礼なので、もぞもぞと起き上がる。

「ここに居れば不自由なく暮らせるのに、何故君は出ていきたがるんだ……そんなに旅が好きなのか?」
「それもありますけど……」

 言葉を濁らせた俺を、火竜王様は見逃さなかった。
 いつもより真剣な眼差しで、俺を見る……後ろめたい事がある俺には、燃えるような赤い瞳にじっと見られるのが居心地悪く感じた。

「カナデ、正直に答えてくれ。君は俺に何か隠しているだろう?」
「……」
「君はいつまでも、俺の名を呼んでくれない。君の距離が一歩向こうにある事ぐらい、気付いている」

 やはり火竜王様も、俺の距離に感づいていた……これ以上隠しておくことはできないだろう。
 俺は意を決して、火竜王様に言った。

「……火竜王様は俺が化物でも、傍に置きたいと思いますか?」