《火竜王視点》





 カナデは何を言っているんだ。
 化物だと? どこからどう見ても、愛らしい人間ではないか。
 俺は意味が分からず、カナデにどういう事かと尋ねる。
 すると彼は俯きながら、弱い雨のようにポツリポツリと、自分の過去を話してくれた。

 カナデは自身の出自が分からぬ孤児であった事。
 唯一持っていたのは「奏」という、両親のいずれかから貰った名前だけ。
 幼い頃はある村の下働きとして働いていたが、ある時に異質な能力が目覚め、化物と言われて村を追い出されてしまった。
 その後も村や町を転々としたが、どこへ行っても能力のせいで追い出されたそうだ。

 その能力は、植物に関係するものらしい。
 カナデの歌声や口笛などに合わせて、周囲の植物が花を咲かせたり、実を付けたりするのだという。
 植物系の魔法かとも思ったが、魔法であるなら特定の呪文や魔法陣、精霊との契約や道具などが必要だ。
 子どもが適当に歌った歌や口笛で、どうにかなるものではない。
 やはりカナデ自身も能力についてが分からず、誰に聞いても知らぬと言われ、自分で調べても手掛かりが見つからなかったそうだ。

 そんなある日、師と呼べる男と出会い、一緒に旅をするようになった。
 冒険者のなり方から旅の仕方などを彼から学び、しばらくは二人旅をしていたが、師がある町の娘と恋に落ち、その地に腰を下ろしてからはずっと一人旅だったという。
 それから各地を渡り歩いて、今回たまたま、このロンザバルエにやってきた。
 カナデはここでも長居はせず、目的地を決めたらすぐに発つつもりだったらしい。

 旅をするのは楽しい、それと同時に安心すると言った。
 新しい場所はいつだって、溢れるほどの好奇心や探求心を満たしてくれる。
 それと同時に、化物と呼ばれ村や町を追われた自分にとっては、見知らぬ地こそが安息をもたらすのだと。
 力を使わないように気をつけて、ただの旅人でありさえすれば、石を投げられる事も棒で殴られる事も無いのだと。

 その時の事を思い出してしまったのか。
 カナデの目からはついに涙が流れ、必死に言葉を紡ぐように俺に謝る。
 なぜ泣くんだ、何故謝るんだ……君は何も悪くないじゃないか。

 自分のような者が、俺の番になってしまった事。
 初めから正直に話して、早く出ていけばよかった事。
 自分のせいで火竜たちに、迷惑をかけてしまった事。
 カナデは小さな体に抱え込んでいた思いを、ぶちまけるように吐きだしていく。
 そんなカナデを、俺は包むように優しく、だけど決して手放さないように抱きしめた。

「カナデの居場所はここだ、俺の隣だ……傍に居てくれ」
「…………で、も……」
「君から悪いものなんて感じない。君の力は、きっと誤解されているだけなんだ。大丈夫、誰に何と言われようと、俺はカナデの味方だよ」
「……ぅ…………っうぅ……」

 大粒の涙を流し、俺の腕の中で泣き続ける、大切な人。
 なんと悲しい、なんと愛おしい……俺が、君を守らなければ。



 やがて泣き疲れて眠ってしまったカナデを、ベッドに寝かせてシーツをかける。
 そして、カナデの頭をそっと撫で、扉の向こうに向かって声をかけた。

「……お前たち、聞いていたな?」

 バツが悪そうに現れたのは、アルバとロド、そしてカナデの定期検診に来たフラムだ。
 三人ともカナデの過去を聞いて、難しい表情になっている……カナデは皆の前で、そんな素振りを見せなかったからな。

「カナデが落ち着いたら、中枢の真実の泉に行く」
「イグニ様、それは……」
「如何なる事態になっても防げるよう、準備をしておけ」
「……承知致しました」

 中枢の一角にある、真実の泉。
 泉の水面に映ったものの真実を一時的に具現化するという、特殊な魔力を宿した泉だ。
 しかし、映った者の力が強すぎたり邪悪なものであったりすると、具現化した力が暴走する事がある。

 カナデから悪い力を感じない、それは本当だ……しかし、万が一という事もある。
 何かの間違いで、カナデがその力によって誰かを傷けてしまったなら、誰かに悪影響を与えてしまったら。
 そうならない為に、力の特定と対処法の把握は必要不可欠だ。
 カナデを守るためにも、仲間たちを守るためにも。