「ま、まさか……そ、そうだ、それは奴らの虚言ですよ!!」
「彼らが確かに守り人であると、精霊たちが認めているのだぞ。現にエルメトリ領は、シャルム殿が来てから国一番の豊かな領地となり、近年は不作知らずだった。それは精霊たちが、守り人の住まう地を豊かにするからだ」

 王太子は反論できないのか、口をパクパクとさせている。
 エルメトリ領が国一番の豊穣の地である事は、ラドキアの国民なら大半が知っている事だ。
 しかも父様が来てからそうなったのに、近隣の貴族だけでなく直接関与する領民も疑問に思わなかったのが、逆の意味ですごい。

「お……おいシャルム!! お前が守り人だったなど聞いていないぞ!! 何故言わなかった!!」

 後ろで公爵が喚いているが、また唾が飛んできて汚い。
 父様は公爵を一瞥すると、馬鹿にしたように鼻で笑って、すぐに陛下に向き直った。

「この一件で王太子は別の婚約者を立てれるし、公爵家はアシラスが継ぐ、俺たちは正式にこの国から出ていける。何か問題あります?」
「し、しかしだな……」

 父様の問いに、陛下は煮え切らない返事をする。
 陛下としては、このラドキアを超大国である竜人国エルカイムのようにしたかったのだろう。
 世界の頂点とも言える大国エルカイムの先々代の竜王は、番が守り人であった事から、彼を正妃として迎え入れた。
 王は番の守り人を溺愛して守り、守り人も情熱的な彼の愛に答えた。
 その二人の純粋な愛情は精霊たちにも祝福され、元々強い国であった竜人国はその恩恵によってさらに力を蓄え、ついには世界の頂点にまで上り詰めたのだ。
 同時期に、同じように守り人を自国に引き入れようとする国も現れたが、そのやり口の汚さで一部の国は精霊の怒りを買ってしまった。
 さすがにサウドほどの大惨事にはならなかったが、蔓延的な不作凶作に悩まされ、時には天災も起きて散々な様子だったという。

 陛下にしてみれば、父様が素性を明かした事は、またとない機会だっただろう。
 同じく守り人である息子の僕を王太子と結婚させれば、第二のエルカイムになれるチャンスだった。
 僕と王太子の間に生まれた子は、僕だけが魔力を注いで繭を育てれば、王家の家系の中に生まれた守り人となる。
 あとは職務怠慢とかの理由で公爵を失脚させ、父様に公爵領を与えてしまえば、ラドキア国は三人以上の守り人を手に入れることが出来る。
 その後に父様に新たな伴侶を紹介し、公爵家の跡取りとしてまた守り人を育ててもらえば、さらに言う事なしだっただろう。

 だが、現実はそう甘く行かない。
 陛下の思惑通りにいかなかった理由はいろいろあるけれど、一番はバカちんの暴走を止められなかった事が敗因だ。
 いくら王家の一人息子とはいえ、さすがに甘やかしすぎた結果だな、これは。

「お前たちが守り人である事は分かった……しかし、ヴァニスは関係ないだろう!」

 声を上げたのは騎士団長だ。
 現状で僕たちの事を説得するのは難しい、それならば秘剣の能力者だけでも国に留めておこうという魂胆か。

「関係ないのはてめぇの方だろ」

 そんな騎士団長に、ヴァニスが不機嫌に相手をする。
 さっきの正門の時と同じ……いやそれ以上に、かなり怒っている顔だ。

「お前っ!! それが親に対する態度か!!」
「俺にとって親と呼べるのは、シャルムさんだけだってんだろ! パンの一つも寄こしてこなかった奴が、今更父親面するんじゃねぇ!!」

 ヴァニスの言葉に、周囲は困惑した。
 今の会話を言葉通りにそのまま受け取るのならば、仮にも一国の騎士団長が、我が子を虐待していたという事なのだ。
 多くの人々の動揺する中、陛下が口を開く。

「……どういう事だ」
「そのままの意味ですよ。俺に飯を食わせてくれたのも、服や物を用意してくれたのも、学費を払ってくれたのも、全部シャルムさんです。それも、公爵家とは関係ない個人資産で」

 陛下の問いに、ヴァニスは騎士団長を睨みつけながら答えた。
 ヴァニスが本気で言っているのが分かったのだろう、野次馬の中には、騎士団長に軽蔑の目を向ける者も出てきた。

「で、出鱈目だ!! 陛下、騙されないでください!! そんな証拠などありません!!」

『あいつ、嘘つきだよ』
『小さいヴァニスを虐めてたくせに』
『嘘つき、嘘つき』

 騎士団長の言葉が終わる間もなく、突然、頭上から声が聞こえる。
 声の主は上空を埋め尽くすほどに集まった、ラドキアの精霊たちだった。
 

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