ディディさんが語ってくれた、父様たちのギルドと海の男たちによる、とんでもない武勇伝。
 元々それはクラーケンが目当てだったわけではなく、この港町からずっと沖にある無人島へ、滅びた文明の調査目的で出航したのだそうだ。
 その島には古代の遺跡が残っているのだが、噂話では、かつての王族の財宝が眠っているとか、海賊の宝の隠し場所であるという話も囁かれているという。
 だが今回は島の歴史の調査なので、学者の先生と弟子たち、周辺に詳しい地元の船乗りたち、用心棒として海上警備の部隊と父様たちのギルドの面々が同乗し、無人島へと向かった。

 無人島までの海路には、通称「帰らずの海域」という場所があったそうだ。
 そこは天気や波が荒れやすく、真下には広く深い海溝があるようで、そこがクラーケンの住処ではないかと、地元の人達に言われているらしい。
 もちろん、そんな危険な場所は迂回して行ったが、それでも航海中には魔物が現れたり、天気の急変に船が煽られたりと、何かと大変だったそうだ。
 無人島に着いてからの調査は順調に進み、学者の先生曰く、島の中心部に古代王朝が実在していた可能性が高い事が分かった。
 だが予想よりも遺跡の規模が大きく、地下にまで繋がっていた事や、使われていた文字や道具が独特なものであった事から、本格的な調査は住み込んでやらないといけないほどだったという。

 学者の先生はその事を、港町で待機している本部長に、通信用の魔道具を使って伝えた。
 だがこの本部長が、典型的な金の亡者のような人間で、財宝を見つけるまで帰還は許さないと言ってきたそうだ。
 本来の目的が歴史的な調査である事、財宝の話は噂話でしかない事、これ以上の滞在は食料と物資が不足する事、そもそも財宝探し自体が契約外であるとして、学者の先生だけでなく、地元船乗りの世話役の人や警備部隊の隊長、当時のギルドリーダーだったオルバートさんも異を唱えた。
 しかし本部長は頑なに聞き入れず、財宝を持ち帰らなければ報酬を支払わない、とまで言い出したのだ。
 これには島に来ていた全員が怒った。
 父様とクラニスさんなんて、「その辺の石ころ持ち帰って、世界でただ一つの貴重なもの、とでも言っとこうよ」「嘘ではないよな、二つと無いんだから」なんて、哲学的な要素さえ感じる提案を口にしてたのだとか。

 結局、何を説明しても聞き入れない本部長を無視し、調査隊の安全の為に帰港する事になった。
 だが、身勝手な本部長は、調査隊の人達を馬鹿にするような発言もしていたという。
 加えて、慣れない海域と無人島での二週間近くの調査と航海の疲れもあり、全員のストレスはかなりピークに達していた。
 そんなある日の夜、順調に進めば明日の昼には港に帰れる、戻ったら本部長をどうしてやろうかと相談をしていた矢先。

 夜の海の底から現れたのは、巨大なクラーケン。
 この状況ならば、船が壊されて乗っている人たちにも大きな被害が出る……と思うだろう。
 しかし、その時に船に載っていたのは、怒れる男たち。
 ただでさえ疲れと苛立ちで気が立っている時の、クラーケンの来襲……それには、全員がブチ切れたという。

 父様やクラニスさんのような、魔法が得意な人たちが船に防御魔法をかけ、イカ如きに船を傷つけられたと怒った船乗りたちは、銛を片手に大奮闘。
 同じく、順調だった帰路に水を差された警備隊やギルドメンバーの面々も、それぞれの獲物を片手に、怒り任せにイカ足をぶっちんぶっちん引きちぎったそうだ。
 しかしクラーケンも負けてはおらず、その巨体で船を揺さぶって応戦したのだが。
 その衝撃で、遺跡の資料として持ち帰った古代の遺跡の一部や道具が、いくつか海に落ちてしまい、ついに学者の先生が大激怒。
 「あんの無能クソハゲがあぁぁああぁぁぁ!!」と、本部の人に対する不満を叫びつつ、クラーケンに向かって怒りの特大雷魔法をぶっ放したのだ。
 それには見事に感電し、さらに追い打ちのように海の男たちにボコボコにされ、すっかり弱ったクラーケンは、足を半分以上無くした状態で逃げて行ったという。

 その一連の激闘は、朝日が昇る頃まで続いたらしく、クラーケンが完全に居なくなったところで、ほとんどの人が船上でぐったりしたそうだ。
 ただ、体力底なしの父様と警備隊の隊長、船乗りの世話役の人は、その後も元気にイカの足を捌き、昼食用として焼いていたのだとか……なんだろう、クラーケンより、その三人のほうが怖い気がする。
 結局、港に帰港したのは夕暮れ時になってしまったのだが、食べきれなかった大量のイカ足と、地獄の底から帰ってきたかのような調査隊の計り知れない圧に、本部長は震えながら腰を抜かし、涙目で謝罪して報酬もきちんと上乗せして支払った。

「……って感じで、アタシたちのギルドには、また一つ伝説が刻まれたってわけ」
「た、たしかに、それはもう伝説級ですね」
「……でも、同じ海域に行ったら、またクラーケンが現れませんか?」

 少し心配そうにヴァニスが言うが……そういえば、クラーケンは逃げていったのだから、また出てくる可能性はあるよな。

「大丈夫よ。あれ以来、クラーケンはこの辺りに全く出なくなったらしいの。もしかしたらクラーケン業界で、この辺りはヤバいって、噂になったんじゃないかしら?」

 ディディさんは冗談っぽくそう言うが、あながち冗談でもなさそうな気がするのは、考え過ぎだろうか。
 若干複雑な気持ちを抱えつつジュースを飲んでいたら、お風呂に行っていた父様たちが、ホカホカ状態になって戻ってきた。

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