あれからしばらくして、僕たちは宿に戻っていた。
 どうやらメルは、相当ファータに会いたくないらしく、ウッドデッキの傍から精霊の気配が消えるまで、お土産売り場の謎のお面をかぶって隠れていたのだ。
 ……でも、モフモフの毛並みは丸見えだったし、もしこっちにファータが来ていたら、間違いなく見つかっていた気がする。
 そんなメルも、今は父様の膝の上でリラックス中なのだが、そろそろ夕食が運ばれてくるという事で、食べる体勢に入ったようだ。

 この宿では、部屋に人数分の料理を運んでくれるらしく、食べ終わったら宿の人を呼んで、片付けてもらえばいいそうだ。
 大きなトレーに乗せられて運ばれてきた料理は、野菜と魚料理の可愛らしいサイズの前菜から始まり、地魚のスパイス焼き、具沢山のアヒージョ、たっぷりのカニを使ったグラタン、大きなエビフライが山盛りと、海の幸をしっかり堪能できるメニューだった。
 さらにデザートとして、特産のフルーツの盛り合わせが、これまたオシャレな切り方と盛り付けで運ばれてくる。

「やっぱり海の幸は、産地で食べるのが一番ね」
「はい、とても美味しいです」
「お、イカ焼きあった」

 ディディさんと柴瑛君は焼き料理を堪能し、メルはお目当てだったイカ焼きを目ざとく見つけている。

「これとか、何の料理だ……?」
「前菜にあるのは練り物のようだね。野菜と混ぜているのかな」

 父様とヴァニスは、前菜に出された小さな料理を気にしているようだ。
 触った感じでも、むにむにとした弾力があるから、魚のすり身がベースの練り物なのだろう。
 そして僕はというと、ホカホカのカニのグラタンがものすごく美味しそうで、運ばれてきてさっそく手を出したのだが、見た目通りにバッチリ美味しくて、口の中が絶賛幸せ満喫中だ。

「……おお……すげぇ夕焼け……」

 しばらくはみんな料理を堪能していたが、ふと顔を上げたヴァニスが、窓の向こうを見て呟いた。
 空は燃えるように赤く、太陽は水平線の向こうに沈もうとしている……改めて見ると、凄い景色だ。

「なんだか、不思議な感じ……すごいんだけど、ちょっと物悲しい気もするというか」
「山や地平線の向こうに沈む時とは、違った哀愁があるからね」

 僕の何とも言えない気持ちに、父様も同意して答えてくれる。
 夕焼けって綺麗なんだけど、なんだか寂しい気持ちにもなるんだよな……初めて見た海での日没だから、余計にそう感じてしまうのかもしれないけど。
 僕は何とも言えない切なさを胸に、静かに海の向こうに沈んでいく太陽を見つめつつ、巨大エビフライに手を出した。



 すっかり日も落ちて、外は真っ暗。
 夕食を済ませた後、父様はメルと柴瑛君を連れてお風呂に行き、ヴァニスは売店へ飲み物を買いに行っている。 
 僕は休憩を兼ねて、部屋の窓際から外の様子を見てたんだけど……灯台と街灯の灯りはあるから、海の上空や昼間に見学した通りは明るいけれど、海そのものは深い黒に染まっているから、少し怖く感じてしまう。

「あら、シエルちゃん、どうしたの?」
「あ、ディディさん……海って、昼と夜では全然違うんだなって思って……」
「そうね……山や草原にも言える事だけど、自然って昼と夜では、全く違う顔を見せるのよね。でも、夜にしか現れない夜行性の生き物も多いわ。海だとそう言った魚を狙って、夜釣りをするんだそうよ」
「えっ? こんなに暗いのに、釣りをするんですか?」
「ええ、でも成果が得られるかは、海の男たちの経験と力量、あとは運次第ってとこね。船に灯りは付いてるから、完全に真っ暗ってわけじゃないし」

 という事は、わずかな光を元に自分の技術と勘を信じて、暗い中で釣りをするのか。
 言葉で言うだけなら簡単だけど、実際にやるとなると、とんでもなく大変な事なんだろうな。

「……そういえば、クラーケンもこの海にいるんですよね?」
「そうよ。あの時も夜になった後だったから、大変だったのよね」
「あれ? 父様に聞いた話だと、昼食にイカ焼きにして食べたって……」
「ああ、食べたのは昼で間違いないわよ。遭遇したのは夜なの」
「えっ、という事は……夜からお昼まで、ずっと戦ってたって事ですか!?」
「あの頃は皆、若かったからねえ」

 ディディさんはしみじみしつつ、遠い目をしてそう言ったが……。
 いや、いくら若くても、半日ちかくも海の上でクラーケンと格闘なんて、けっこう無茶してると思うけど。

「何の話してるんですか?」

 心の中でこっそりツッコミを入れていたら、売店に行っていたヴァニスが、美味しそうなフルーツジュースを抱えて戻ってきた。

「この海でおきた、あわれなクラーケンと怒れる海の男たち事件について、ちょっとね」
「え、なんすか、そのむっちゃ気になる内容」
「まだアタシたちが、ギルドに居た頃の話だから……だいたい二十年くらい前の事ね」

 ディディさんはそう前置きしつつ、苦笑いしながらもどこか懐かしそうに、当時の事を語ってくれた。

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