オタロタの町は、どこを見ても新鮮だった。南国風の建物に植物、衣装や雑貨も華やかだ。
 果物が有名で美味しいという事は、以前メルから聞いていたが、それ以外にも普段目にしない食材もたくさんある。
 どんな味がするんだろうとか、何の料理に使うんだろうとか、考えるだけでも楽しいものだ。

「この町の宿は、食事付きの所にしようか」
「たしか、新鮮な海の幸を出してくれる所があったわね」

 父様とディディさんは、以前もこの町に来た事があるようで、周辺の事情も知っているみたいだ。
 二人の提案に賛成し、さっそく今夜の宿へと向かう。

「わあ、すごいね」
「まさに南国って感じだな」

 僕とヴァニスは、今までとは違う宿の様子に、仲良く感動した。
 リゾート風の立派な外観だけでなく、部屋の中も大きな窓が付いていて、目の前の海が一望できる。
 ベッドや家具はオシャレなラタンで、飾ってある絵や雑貨も南の地域の雰囲気がして、なんとも異国情緒あふれる空間だ。

「まだ少し早い時間だし、通りを見てきたらどうだい?」
「そうしようかな、気になるものもいっぱいあったし」
「じゃー、ボクが保護者として、ついて行ってあげよう」

 僕は父様の言葉に甘えて、通りを見に行くことにした。
 そして買い物に便乗したかったのか、メルが僕の頭の上にぽふんと乗っかる。

「おいメル、シエルの頭が重くなるだろ」
「む、失礼な……羽のように軽い僕に向かって」

 ヴァニスは僕を心配してくれているのだろう、メルにそう言ってくれたが……確かに、羽のように軽いとは言い難い重さだ。

「メル、もしかして、また太った……」
「あー!! 今日は柴瑛にしとこうかな!!」

 僕の一言にメルは慌て気味に降りて、柴瑛君に向かって飛びつき、抱っこしてもらっている。
 柴瑛君もメルの扱いには慣れてきたのだろうか、困ったように笑いながらも、メルをモフモフしていた。
 結局、僕とヴァニスとメルと柴瑛君で出かける事となり、父様とディディさんは宿で荷物の整理をしてくれる流れになった。

 通りのお店には、不思議なものが色々ある。
 独特の形をした木彫りの人形やお面、手編みのバッグや小物、珊瑚や貝を使った装飾品に、船や魚をモチーフにした玩具や日用品。
 海産物や果物などの、食材や料理を売ってるお店も多く、香ばしい匂いや甘い香りが漂っている。
 目移りしながら足を進めると、海の傍にウッドデッキが前方に見えてきて、中央には鐘のような物が設置されていた。

「あれ、なんだろう?」
「……運試しの鐘、と書かれていますね」

 僕が不思議に思っていると、柴瑛君がウッドデッキの入口にある看板に気付いた。
 でも、鐘で運試しって、どういう事だろう?

「えーと、なになに……「この鐘を鳴らして、精霊が現れたらラッキー、現れなかったら残念賞」……だってよ」

 ヴァニスが、看板に小さく書かれた説明文を読んでくれたが……辺りを見回したけど、精霊の気配はメル以外に感じない。
 これは多分、精霊は普段は別の場所に居るけど、鐘の音が聞こえる所に来てたらラッキー、って事なのかな?

「こーいう意味の分かんない事するのは、ファータくらいだろうね」
「ファータ?」
「幸運の精霊。やたら明るい……と言うか、うるさいやつ」

 ここに現れる可能性のある精霊の事を、メルが教えてくれたけど……うるさいって……?
 もしかして、賑やかでおしゃべりが好きな子なのかな?

「じゃあ、ちょっと鳴らしてみて……」
「やめて。シエルが鳴らしたら、あいつ絶対に来るよ」
「え? 来たらラッキーなんじゃないの?」
「……あの歩く騒音の相手は、フォドラニスとクート以上に、したくないんだけど」
「そ、そんなにすごいの?」
「ヤバいよ」

 メルは滅多に見せない真顔で、そう言った。
 あれだけ苦手意識のあったフォドラニスやクート以上に、メルが嫌がる精霊って……会ってみたいような、みたくないような。

「ここはスルーして、次に行こー」

 メルは柴瑛君に抱っこされたまま、前足だけをぴょこぴょこと動かして、僕たちに移動を促す。
 メルがこんなに嫌がるなら、無理にやる事も無いだろうという事で、僕たちはウッドデッキから離れて通りに戻る。
 それから他のお店を見て回っている間に、誰かが鐘を鳴らしたのだろう。
 遠くから金属の鐘の音が聞こえたと思ったら、「おっめでとー!!!!!!」という甲高い声が、辺り一帯に大きく響き渡った。

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