次の日、僕たちは朝一番に食材と雑貨の買い出しを済ませ、ちょっかいをかけてくる人たちを適度にスルーしながら、さっさとこの国を出ていこうとした。
 しかし、隣国のリビスに向かう為に、街道へ出て魔動馬車を出した時に、それは起こったのだ。

「会いたかったぞ、私の五十八番目の妻よ!! やはり私の元へ帰ってきてくれたのだな!!」

 突然現れた身なりのいいおじさんは、その風貌に加えて、昨日の迷惑王子とそっくりな顔つきをしているから、おそらく……いや、九分九厘、この国の国王陛下だ。
 満面の笑みの陛下に対し、父様は分かりやすくげんなりした表情になっている。
 まさに今から出発という時に、なんてタイミングの悪い……いや、ギリギリ間に合っているという意味では、相手にとってはラッキーなんだろうか。

「……ディディ、子どもたちを連れて先に行っててくれ」
「え……父様、どうするの……?」
「大丈夫、すぐに追いつくから」

 不安げに尋ねた僕に、父様は優しく微笑みかけて、頭をなでてくれる。
 でも、向こうには陛下だけでなく、護衛と思われる騎士や側近らしき人が十人くらい居る……父様なら一捻りな気はするけれど、それでも父様を残して行ってしまうのは、やっぱり心配だ。

「分かったわ、リビスまで飛ばしておくわね」
「ああ、頼む」
「みんないい子で待ってるんだよー」

 ディディさんの言葉に父様が答え、メルは相変わらずのおちゃらけた感じで手を振っている。
 戸惑う僕たちをディディさんは半分力づくで馬車に押し込み、すぐに走行モードになって、いつもの倍以上の速さで町から離れてしまった。

「あの、ディディさん。本当に父様とメルを残して行って大丈夫なんですか? 今からでも戻った方が……」

 父様とメルの事は信頼しているし、二人がとんでもなく強いのは知っている。
 でもやっぱり、こんな風に置いて行ってしまうのは、心配だし不安でもあるから……。

「大丈夫よ。むしろ、あのまま皆で残っていた方が危なかったと思うわ」
「えっ? どういう事ですか?」
「あなたたち、あのゾンビ王に気を取られてたから、気付かなかったと思うけど……近くの物陰から、こっちの様子を窺ってる連中がいたわ。多分ゾンビ王の奴、あなたたちの誰かを人質にして、シャルムちゃんを自分に従わせようとしたのかもしれない。あなたたちも十分強いし、簡単に捕まったりはしないと思うけど……むしろ……」
「むしろ?」
「シャルムちゃんとメルちゃんも、それに気づいてたみたいだから……あなたたちを狙った事にブチ切れて、前回の比じゃないくらいにボコボコにするつもりなんでしょうね……。所謂、子どもには見せられないってやつよ」
「えぇ……?」

 父様とメルの身を案じる、という意味での心配や不安はあるけれど、そう言われてしまうと、あの二人ならやりかねないという謎の確信もある。
 ヴァニスも同じように思ったようで、心配はしてるけど納得もしている、と言った感じだ。
 柴瑛君も一応は納得してくれたようだけど、やはり不安は拭いきれないのか、表情はどこか曇っている。

 それから、ディディさんの運転は本当に宙を飛ぶような感じで進み、あっという間にセランを出て、リビスの町が見える場所まで来てしまった。
 でもまだ町には入らず、ここで父様とメルを待つことにする。
 さっき買ったばかりの食材でお昼の準備をしながら、セランの方角を時々見に行くが、まだ二人は帰ってこない。
 他の皆も、洗濯やプランターの水やりをしながら、同じように今来た方向を気にかけていた。
 そして、しばらく経った頃。

「たっだいまー♪」

 とても明るく、どこかスッキリとしたような声色のメルが、父様の頭に乗っかりながら手を振っている。
 その父様は、白い豹のような大きな精霊に乗っている……どうやらあの子に、ここまで乗せてきてもらったみたいだ。

「父様! メル!」
「大丈夫ですか!?」
「お怪我は……!?」

 僕とヴァニス、柴瑛君が父様に駆け寄ると、父様は少し困ったように笑って、僕たちを抱きしめてくれた。

「心配かけてごめんね。俺たちはなんともないし、あいつらは再浮上できないくらい叩きのめしてきたから、もう大丈夫だよ」
「ほら、このとおりファータも反省させてきたからねー」

 メルはそう言いつつ、しょんぼり気味な白い豹の精霊の上で、ぽふんぽふんと跳ねている。
 話の流れからするに、この豹の精霊がファータだったようだ。

「ファータはメルが引きずり出してきたんだよ」
「いくらなんでも、幸運をまき散らしすぎ。そのせいで僕たちや旅の人が大迷惑してるって事、自覚してよね」
「……ごめんよー……」

 メル曰く、ファータはやたら明るくて、歩く騒音ってくらいにうるさいって言ってたけど……目の前にいるしょんぼりなファータからは、そんな感じがしないな。
 そういえば小さい頃に、悪戯好きな精霊が度を越えるような事をやらかして、メルにこってり絞られてたっけ。
 その時の子も、今のファータみたいな事になってたから……きっとファータも、メルに相当怒られたんだろうな。

 メルはこのまんまるなモフモフからは想像できないけど、精霊の中では上位の存在で力も強い。
 精霊たちは基本的にはみんな平等で対等だけど、それぞれの力の強さは異なるので、今回のように何かやらかした精霊は、自分より力の強い精霊に怒られたりする。
 逆に力の強い精霊がやらかした場合は、大樹様に直々に怒られるそうだ。
 なのでファータは幸運の振りまきすぎでメルに怒られて、いつもの元気も無くなってしまった、といったところか。
 ファータと関わりたくないと言って隠れたりしていたメルだけど、今回の事はさすがに大目に見れなかったのかもしれない。
 そんなメルと対等に渡り合えるのは、今のところは同じくらいの力の強さを感じた、フォドラニスやクートくらいだろう。

「これからは幸運をまき散らさないって約束させたから、もう大丈夫だよー」

 オタロタはともかく、セランでは旅の人が迷惑を被ってたのは、ファータの幸運の力の影響だって話があったっけ。
 それなら今後は、セランを渡る旅の人も出会いが少なくなって、落ち着いて旅が……いや、あの国の人はそれでもめげなさそうだな。
 でも、ファータの影響が少なくなれば、迷惑行為はちょっとは減るかもしれない……よね? 多分。

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