その日は四竜宮……というか、ロンザバルエ全体が賑わしくなっているような気がした。
 朝食の前に、何かあるのかとアルバに尋ねてみると、毎年夏の終わりに、大きな花火大会が行われると教えてくれる。
 その影響で、浮足立った雰囲気がそこかしこに溢れているというわけだ。

「あれ? でも、去年は花火が無かった気がするけど……」
「去年は花火職人たちの作業場が老朽化し、建て替え工事を行っていたんです。火薬を扱う作業ですので、暴発の危険があったり、湿気って駄目になったりする可能性があった事から、新たな作業場ができるまでは休業していたようですよ」
「じゃあ、今年は二年ぶりの花火になるんだ」
「ええ、なのでお祭り気分の人が多いんでしょうね」

 アルバは若干苦笑いしつつ、そう言った。
 でも、そんなに大きい催しなら、俺の部屋からでも見れるかもしれないな。
 花火は綺麗で好きだし、屋台の料理も好きだけど……さすがに今の俺の立場で、町の屋台巡りは出来ないな。

「その事で、イグニ様も数日前からソワソワしていましたね」
「ソワソワ? どうして?」
「カナデ様を花火にお誘いしたいようですが……「おうちデートの誘い方が分からない」と呟いておられましたよ」
「お、おうちデートって……」

 確かに、俺たちにとって火竜宮は「おうち」に当たる場所だけど……。
 ん? そういえば去年、イグニ様の休暇の時期に一緒に星を見たいと、俺から誘った事があったな。
 もしかして、あれも一応はおうちデートって事になるんだろうか……?
 今思うと、けっこう大胆なお誘いだったんじゃと、若干恥ずかしくなりつつも食堂に入ると、アルバの言った通りソワソワ気味なイグニ様の姿があった。

「イグニ様、おはようございます」
「おはよう、カナデ。あー……、その、……今日の夜はなにか用事があるかい?」
「いえ、なにも無いです。花火大会があるという事は、アルバから聞きましたが……」
「そうか。その、良かったら、俺と一緒に花火を見ないか? ああ、もちろん嫌ならば、無理にとは言わない」
「大丈夫ですよ。俺も花火は好きですし」
「よかった。ならば今夜は、中庭で夕食をとりつつ花火を楽しむとしよう。ロージェン、厨房の者達には、そちらの予定でと伝えてくれ」
「かしこまりました」

 ロージェンはいつもの柔らかい笑みでそう答えると、俺たちの朝食の準備をしてくれた。
 その後いそいそと厨房の方へ……いや、むっちゃ尻尾を振りながら向かいの部屋の方へ行ったから、きっと師匠に会いに行ったんだろう。
 竜人という種族と体格の大きさに真っ赤な見た目だから、圧倒されるような印象を受ける火竜たちだが……こうして親しくなると、彼らの可愛い一面も見えてくるようになるもんだな。
 そんな事を思いつつ、イグニ様と一緒に出来立ての美味しい朝食を食べ、その後もいつもの様に過ごしているうちに、あっという間に夕方になってしまった。

 食堂から出てすぐの所にある中庭には、爽やかな色合いのテーブルクロスが掛けられたテーブルが並び、その上には美味しそうな料理が所狭しと置かれている。
 火竜たちの好物の肉料理はいろんな種類のものがあるし、海鮮や野菜をメインとしたスープやサラダ、おつまみのような一口系のものまで様々だ。
 冷たくて甘いお菓子や数種類のドリンク、お酒もたくさん用意されていて、お祭りを楽しむ準備は万端ってところだろうか。

 イグニ様は早速、好物のステーキやハンバーグを嬉しそうにいくつか皿に乗せている。
 その横で俺は焼きベーコンとウインナー、ホタテとイカのバター焼きに手を出した。
 食べ物が少しこってり気味なので、飲み物はサッパリしたライムとミントの果実水にしよう。
 料理のテーブルから少し離れたところに、食事用のテーブルと椅子が用意されていたので、一度そちら側に移動する。
 料理とグラスを置いて椅子に座り、少し周りを見渡すと、いつもとは違った特別な雰囲気を感じた。

 すっかり暗くなった中庭は、所々にあるランプの灯りで優しく照らされている。
 アルバやロド、フラムさん、ロージェンや厨房の火竜たちに、竜兵たちや宮仕えの竜人たちも中庭に集まっていて、いい意味での賑わしさはお祭りって感じだ。
 お酒のテーブルの傍では、何人かの火竜が師匠と酒飲み対決をするとか言ってるみたいだけど……大丈夫かな。
 少し心配しつつホタテを食べていると、ランプの灯りが一つ、また一つと消えていき、やがて中庭はわずかな光だけになった。

「そろそろ打ち上げが始まる時刻だ」

 イグニ様にそう言われて顔を上げると、遠くの真っ黒な夜空に、筋状の火が昇っていくのが見える。
 そしてすぐに、眩しいくらいの大輪の花が開き、それを皮切りに次々と花火が打ち上がっていった。
 鮮やかな色を咲かせては散っていく花火に、美しさと力強さ……それに、少しだけ寂しさと切なさも感じる。
 夏の終わりに花火をみると、どうしてこんな気持ちになってしまうんだろう。
 休む間もなく打ち上げられていく、綺麗な花火の光に照らされながら、なんとなくイグニ様にくっついてみる。
 イグニ様も俺がくっついたのが分かったんだろう、何も言わずに優しく抱き寄せてくれた。



 美しい光景を楽しんでいた花火の時間も、あっという間に終わってしまう。
 一斉に打ち上げられた大迫力の連発を最後に、夜空には再び静寂が戻っていった。
 祭りの後、という独特の雰囲気と気持ちはそのままに、夜中にお腹が空かないようにと、イグニ様と楽しく会話をしながら夕食の続きをする。
 そして、そろそろ片づけをして寝る準備をしようというくらい、夜が更けた頃。
 お酒のテーブルの傍で飲み対決を挑んだ火竜たちが、師匠に負けて見事に潰されていた。