セラン王国に入って三日と経たないうちに、僕たちはめんどくさい事に巻き込まれていた。
「お前はセラン王国の王太子である、このボクの二十六番目の妻にしてやろう!! 泣いて喜ぶがいい!!」
「……ねぇヴァニス、王太子って面倒くさいのしか居ないのかな」
「俺たちが出会った王太子が、たまたまそんなんばっかだった……と思いたいけどな」
セランの町に入るなり、僕や父様、柴瑛君は、道行く人に挨拶代わりに口説かれた。
断っても食い下がってくるような相手は、ヴァニスやディディさんが吹き飛ばしてくれたけど……。
この国では普通の事なのかもしれないけど、旅人の僕たちからしたら、迷惑な事この上ない。
行商や冒険者のような、この国を通過するだけっぽい人たちも各所で困っていたし、きっと彼らも同じ意見だろう。
時々、誰かに吹っ飛ばされたであろう人が弧を描いて飛んでいくのは、この国の名物なんだとか……嫌な名物だな。
すでに疲れた僕たちは、さっさと宿に入って休もうとしたところで、この面倒くさい自称王太子に絡まれた。
一応、数人の護衛を付けているし、身なりも良いのは分かるから、王太子なのは本当かもしれないけど。
……いや、本当だったとしても、王太子がこんな事してたらダメでしょ。
メルの言っていためんどくさい国ってのが、こんなに身に沁みすぎるほど分かるとは。
「そうと決まれば、さっそくボクの離宮に……いやまて、そのみすぼらしい格好ではいかん。先に仕立て屋に寄るぞ!」
王太子(仮)は、勝手に話を進めるわ、人をみすぼらしい扱いするわで、なんとも失礼極まりない。
呆れてものも言えない、とはこういう事なんだろう。思わず盛大なため息が出る。
相手も一人じゃないから、ヴァニスが僕を庇うように立ってくれているけど……。
「ああ、安心しろ! ボクは寛大な王子だからな! 妻に愛人の一人や二人居ようと、気にせぬぞ!」
「……は?」
僕はものすごく久しぶりに、低い声が出た。
ヴァニスが愛人? 急に現れて勝手な事を言いたくり、当然のように僕らを馬鹿にして……。
うん、ぶちのめしていいかな?
「あの、シエルさん、ヴァニスさん。何かありましたか?」
僕たちがなかなか宿に入ってこないからか、心配してくれたのであろう柴瑛君が、宿の扉を開けて声をかけてくれたのだが……。
「む? お前もなかなかではないか! よし、二十七番目の妻にしてやろう!!」
「……え?」
迷惑王子にビシッと指をさされ、柴瑛君はポカンとしている。
うん、気持ちはわかる。はっきり言って意味不明だよね。
というか、不躾に人を指さすとか、基本的な礼儀もなってない……いや、絡んできた時点でなってなかったな。
柴瑛君が扉を開けた事で、先に宿の受付の為に中に入っていた皆にも、今の声が聞こえたみたいだ。
「シエル、どうしたんだい?」
「父様。この王子とか自称してる人が……」
「自称ではない!! ボクこそがセラン王国王太子、ミューミル・セランである!!」
ひっくり返りそうなくらい、ふんぞり返っている王太子だが……実際はお腹がポッコリ出ているだけになっていて、ちょっと間抜けだ。
「……ああ、そういえばここの王族は、町に繰り出してハーレム要員を連れ帰るって事をしてたわね」
「ええ……」
この意味の分からない状況について、ディディさんがウンザリした表情で教えてくれる。
一般の町人ならまだしも、王族からしてその調子とか、普通に基本的な事がおかしい国なんだろう。
「何をごちゃごちゃと言っているのだ! 次期国王のボクの妻になれるなど、この上ない光栄な事だろう! 大人しくついてくるがいい!」
痺れを切らしたのか、自称王太子は僕に手を伸ばした、が。
「シエルに触るんじゃねぇ!!」
「みぎゃっ!?」
僕の腕を掴むより前に、ヴァニスに投げ飛ばされて弧を描く、わがままボディ王子。
その墜落先に、数人の兵士が駆け寄っていく。
「殿下! 大丈夫ですか!?」
「き、貴様! 不敬罪だぞ!!」
「敬う要素のカケラも無いくせに、なに言ってんだか」
騒ぐ兵士たちを横目に、メルがため息交じりで呟いた。
そして、ふんすと起き上がって、こちらを睨みつけてくる、わがままボディ王子……てか、復活早いな。
「この無礼者め!! 父上に言いつけてやる!!」
「……ああ、俺達にボコされたあの王子も、今は国王か」
「あいつまだ健在なの? やあねえ」
王子の言葉に反応したのは、父様とディディさん。
それを聞いた護衛たちは、一瞬ポカンとしたが、すぐに焦り気味になる。
「ま、まさか……お前があの伝説の銀の死神か!?」
「陛下を始めとした王都の国民達が、死屍累々となったという……!?」
「いや、殺してないし。ちょっと吹き飛ばしただけだし」
護衛たちの言葉を、父様は即答で否定するが……。
吹き飛ばしただけでも相当だけど、そんな伝説になるくらいすごい事したの?
不思議に思っていると、メルが当時の事を教えてくれた。
「あの時は、今以上にシャルムに言い寄ってくる奴がいたんだよ。キリも無いししつこいしで大変だったんだよね。話が通じない上に手まで出してきた奴らには、ちょっとアッパーとか背負い投げとか蹄キックとかをお見舞いしただけなんだけど……なんだか大げさな話になってるみたいだねえ」
「え、じゃあその中に、この国の国王陛下も居たって事?」
「うん、あいつはゾンビみたいにしつこかったから、シャルムだけでなく、ボクとディディとオルバートとクラニスと、当時のギルドの後輩五人にもボコられたんだよね」
「なにそのフルコース」
そこまでされても、現在元気に国王をしているって事は、相当タフな人なんだろうな。
すごいと思う反面、その体力をもっと良い事に使えばいいのに、とも思う。
「なんだと!? ならば父上の仇だ!! お前の息子たちをボクに差し出すがいい!!」
「なんでそうなるのよ」
「てか国王、死んでないじゃん」
王太子の謎の言い分に、ディディさんとメルは完全に呆れている。
困惑する柴瑛君の隣では、父様が微笑んでいるが、目は全く笑っていない。
「うーん、どうしよう……ここまで話が通じないなんてなあ」
「蹄キックで吹き飛ばそうかー?」
「もう一回投げ飛ばしてもいいぞ」
「アタシの上腕二頭筋がうなるわねえ」
困る僕の隣では、メルとヴァニスとディディさんが、やる気満々だ。
「さすがに子どもに粉砕コースはお見舞いしたくないから、諦めてくれないかな?」
「え、えっと……王子様? 今なら多分、許してもらえますから……」
口調は優しくても言っている事が物騒な父様と、おそらく本気で相手の心配しているであろう柴瑛君。
というか、メルと柴瑛君以外の皆の圧が、なかなかに強い。
「な……なんだ、無礼な! もうよい、帰る!! トイレに行きたくなってきたからな!!」
「ちびるんじゃないよ、ぼうやー」
苛立ちがピークだったみんなの圧が、王太子には効果覿面だったのだろうか……さっきに勢いはどこへやら、護衛を連れて、すたこらと逃げるように帰っていってしまった。
その後ろ姿を見送りながら、メルが余計な一言を投げていたが……。
「この国に居る間は、こういう事が頻繁に起こるのかな……」
「そうだね……準備だけ早くすませて、さっさと発ってしまおうか」
ウンザリする僕に、同じくウンザリした様子の父様が答えてくれた。
他の皆も概ね同意見なのだろう、なんだか疲れ気味に首を縦に振っている。
色々疲れたというのもあるし、これ以上外に居たらまた変なのに出くわす可能性も高いという事で、僕たちは早々に今日の宿へと足を運んだ。
「お前はセラン王国の王太子である、このボクの二十六番目の妻にしてやろう!! 泣いて喜ぶがいい!!」
「……ねぇヴァニス、王太子って面倒くさいのしか居ないのかな」
「俺たちが出会った王太子が、たまたまそんなんばっかだった……と思いたいけどな」
セランの町に入るなり、僕や父様、柴瑛君は、道行く人に挨拶代わりに口説かれた。
断っても食い下がってくるような相手は、ヴァニスやディディさんが吹き飛ばしてくれたけど……。
この国では普通の事なのかもしれないけど、旅人の僕たちからしたら、迷惑な事この上ない。
行商や冒険者のような、この国を通過するだけっぽい人たちも各所で困っていたし、きっと彼らも同じ意見だろう。
時々、誰かに吹っ飛ばされたであろう人が弧を描いて飛んでいくのは、この国の名物なんだとか……嫌な名物だな。
すでに疲れた僕たちは、さっさと宿に入って休もうとしたところで、この面倒くさい自称王太子に絡まれた。
一応、数人の護衛を付けているし、身なりも良いのは分かるから、王太子なのは本当かもしれないけど。
……いや、本当だったとしても、王太子がこんな事してたらダメでしょ。
メルの言っていためんどくさい国ってのが、こんなに身に沁みすぎるほど分かるとは。
「そうと決まれば、さっそくボクの離宮に……いやまて、そのみすぼらしい格好ではいかん。先に仕立て屋に寄るぞ!」
王太子(仮)は、勝手に話を進めるわ、人をみすぼらしい扱いするわで、なんとも失礼極まりない。
呆れてものも言えない、とはこういう事なんだろう。思わず盛大なため息が出る。
相手も一人じゃないから、ヴァニスが僕を庇うように立ってくれているけど……。
「ああ、安心しろ! ボクは寛大な王子だからな! 妻に愛人の一人や二人居ようと、気にせぬぞ!」
「……は?」
僕はものすごく久しぶりに、低い声が出た。
ヴァニスが愛人? 急に現れて勝手な事を言いたくり、当然のように僕らを馬鹿にして……。
うん、ぶちのめしていいかな?
「あの、シエルさん、ヴァニスさん。何かありましたか?」
僕たちがなかなか宿に入ってこないからか、心配してくれたのであろう柴瑛君が、宿の扉を開けて声をかけてくれたのだが……。
「む? お前もなかなかではないか! よし、二十七番目の妻にしてやろう!!」
「……え?」
迷惑王子にビシッと指をさされ、柴瑛君はポカンとしている。
うん、気持ちはわかる。はっきり言って意味不明だよね。
というか、不躾に人を指さすとか、基本的な礼儀もなってない……いや、絡んできた時点でなってなかったな。
柴瑛君が扉を開けた事で、先に宿の受付の為に中に入っていた皆にも、今の声が聞こえたみたいだ。
「シエル、どうしたんだい?」
「父様。この王子とか自称してる人が……」
「自称ではない!! ボクこそがセラン王国王太子、ミューミル・セランである!!」
ひっくり返りそうなくらい、ふんぞり返っている王太子だが……実際はお腹がポッコリ出ているだけになっていて、ちょっと間抜けだ。
「……ああ、そういえばここの王族は、町に繰り出してハーレム要員を連れ帰るって事をしてたわね」
「ええ……」
この意味の分からない状況について、ディディさんがウンザリした表情で教えてくれる。
一般の町人ならまだしも、王族からしてその調子とか、普通に基本的な事がおかしい国なんだろう。
「何をごちゃごちゃと言っているのだ! 次期国王のボクの妻になれるなど、この上ない光栄な事だろう! 大人しくついてくるがいい!」
痺れを切らしたのか、自称王太子は僕に手を伸ばした、が。
「シエルに触るんじゃねぇ!!」
「みぎゃっ!?」
僕の腕を掴むより前に、ヴァニスに投げ飛ばされて弧を描く、わがままボディ王子。
その墜落先に、数人の兵士が駆け寄っていく。
「殿下! 大丈夫ですか!?」
「き、貴様! 不敬罪だぞ!!」
「敬う要素のカケラも無いくせに、なに言ってんだか」
騒ぐ兵士たちを横目に、メルがため息交じりで呟いた。
そして、ふんすと起き上がって、こちらを睨みつけてくる、わがままボディ王子……てか、復活早いな。
「この無礼者め!! 父上に言いつけてやる!!」
「……ああ、俺達にボコされたあの王子も、今は国王か」
「あいつまだ健在なの? やあねえ」
王子の言葉に反応したのは、父様とディディさん。
それを聞いた護衛たちは、一瞬ポカンとしたが、すぐに焦り気味になる。
「ま、まさか……お前があの伝説の銀の死神か!?」
「陛下を始めとした王都の国民達が、死屍累々となったという……!?」
「いや、殺してないし。ちょっと吹き飛ばしただけだし」
護衛たちの言葉を、父様は即答で否定するが……。
吹き飛ばしただけでも相当だけど、そんな伝説になるくらいすごい事したの?
不思議に思っていると、メルが当時の事を教えてくれた。
「あの時は、今以上にシャルムに言い寄ってくる奴がいたんだよ。キリも無いししつこいしで大変だったんだよね。話が通じない上に手まで出してきた奴らには、ちょっとアッパーとか背負い投げとか蹄キックとかをお見舞いしただけなんだけど……なんだか大げさな話になってるみたいだねえ」
「え、じゃあその中に、この国の国王陛下も居たって事?」
「うん、あいつはゾンビみたいにしつこかったから、シャルムだけでなく、ボクとディディとオルバートとクラニスと、当時のギルドの後輩五人にもボコられたんだよね」
「なにそのフルコース」
そこまでされても、現在元気に国王をしているって事は、相当タフな人なんだろうな。
すごいと思う反面、その体力をもっと良い事に使えばいいのに、とも思う。
「なんだと!? ならば父上の仇だ!! お前の息子たちをボクに差し出すがいい!!」
「なんでそうなるのよ」
「てか国王、死んでないじゃん」
王太子の謎の言い分に、ディディさんとメルは完全に呆れている。
困惑する柴瑛君の隣では、父様が微笑んでいるが、目は全く笑っていない。
「うーん、どうしよう……ここまで話が通じないなんてなあ」
「蹄キックで吹き飛ばそうかー?」
「もう一回投げ飛ばしてもいいぞ」
「アタシの上腕二頭筋がうなるわねえ」
困る僕の隣では、メルとヴァニスとディディさんが、やる気満々だ。
「さすがに子どもに粉砕コースはお見舞いしたくないから、諦めてくれないかな?」
「え、えっと……王子様? 今なら多分、許してもらえますから……」
口調は優しくても言っている事が物騒な父様と、おそらく本気で相手の心配しているであろう柴瑛君。
というか、メルと柴瑛君以外の皆の圧が、なかなかに強い。
「な……なんだ、無礼な! もうよい、帰る!! トイレに行きたくなってきたからな!!」
「ちびるんじゃないよ、ぼうやー」
苛立ちがピークだったみんなの圧が、王太子には効果覿面だったのだろうか……さっきに勢いはどこへやら、護衛を連れて、すたこらと逃げるように帰っていってしまった。
その後ろ姿を見送りながら、メルが余計な一言を投げていたが……。
「この国に居る間は、こういう事が頻繁に起こるのかな……」
「そうだね……準備だけ早くすませて、さっさと発ってしまおうか」
ウンザリする僕に、同じくウンザリした様子の父様が答えてくれた。
他の皆も概ね同意見なのだろう、なんだか疲れ気味に首を縦に振っている。
色々疲れたというのもあるし、これ以上外に居たらまた変なのに出くわす可能性も高いという事で、僕たちは早々に今日の宿へと足を運んだ。
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