結局、父様たちはオルバートさんからの依頼という形で、今回の事件に協力する事となった。
 でも僕とヴァニスはまだひよっこ冒険者だから、しばらくは宿で待機となる。
 とは言っても、行動の制限がある訳じゃないから、少しの間はそれぞれ好きな事をしようという方向になった。

 僕たちの借りた宿は、馬車より大きめのリビングと寝室、キッチンにトイレに浴室もちゃんとあるから、しばらく滞在しても不便は無いだろう。
 僕は父様のレシピメモとポーチの中の食材で、料理のレパートリーを増やす事にした。
 ヴァニスはリビングの方で、珍しく本を読んでいる……読んでる本からするに、魔法学の復習をしているみたいだ。

「シエルって、魔法学が得意だったよな?」
「え? うん、魔法は自分でも使うし、それなりにはね」
「俺も一通りはメルに教わったから、頭では分かってんだけどさ……なんと言うか、感覚として分かり辛いっていうか」
「うーん……多分ヴァニスは、秘剣の能力を持っているから、余計にじゃない?」
「そういうもんなのか?」
「うん、普通の魔法と秘剣は、似てるけど少し違うから」

 僕は細かく炒めた野菜とミンチ肉を混ぜながら、ヴァニスの言葉に返答する。
 今日の夕食のメインは、ピーマンの肉詰めだ。

「肉体強化とか防御壁みたいな魔法なら、魔力があれば誰でも使えるんだよな?」
「そう、自分にかける魔法ならね。相手にかける治癒とか、周囲の様子を見る感知や鑑定、それに火や水みたいな属性に関わる魔法は、該当する精霊と契約してなきゃいけないよ。元々精霊に愛されてる守り人は、どんな魔法でも魔力が続く限りは使い放題みたいだけど」
「やっぱそうか。前にメルに聞いたんだけどさ、俺みたいな秘剣の能力者は、先祖が精霊と契約してたって話だけど……俺自身が契約してるわけじゃないのに、変な話だなって思ったんだ」
「それって、先祖返りってやつじゃないかな? 魔法使いの人に多いけど、ご先祖様が契約していた精霊と同じ属性の方が相性がいいって事は、割とよくある事みたいだし」
「んー……じゃあ、先祖に精霊と契約した人が居て、魔法より剣を扱う方が性に合ってるっていう、俺みたいなのが秘剣の能力者になるって事なのか……?」

 微妙に納得したようなしてないようなヴァニスを見ながら、ピーマンにお肉を詰めていく。
 実際問題、秘剣の能力者が生まれる条件は謎が多く、人数自体も少ないから、ちゃんとした事はあまり分かってないんだよな。
 ただ、僕たちと同じ人間である事と、魔力の扱い方が魔法と違うだけ、という事は間違いない事実だ。

「じゃあ、秘剣と半精霊と禁忌の違いってのは分かるか? 学園では魔法関係の事しか習わなかったけど、この辺は専門知識になるんだよな?」
「そうだね、普通の人はそれぞれの事を、どういうものかっていうざっくりとした認識でしか知らないと思う。まず、秘剣はヴァニス自身の事だから、だいたいは分かるよね?」
「ああ、そこはさすがにな」
「うん。その三者の大きな違いは、生まれ方だよ。秘剣の能力者は魔力の使い方が違うだけで、生まれ方は他の人と同じだから、普通の人間と同じ。メルが感知したのはそこに含まれない、異質である半精霊と禁忌。つまりこの世界の理で当てはめると、本当だったら存在しない存在。そもそも精霊は子孫を残さないから……半精霊の子には可哀想だけど、本来だったら生まれるはずのない存在だったんだよね」
「好きで半精霊に生まれたわけじゃないのにな。だからメルが不憫って言ってたのか」
「そうだね……でも、禁忌の方はもっと厄介。もし悪意のない異世界の住人なら、大樹様にお願いして元の世界に帰ってもらう事も出来るんだけど……悪意のある攻撃的な異世界の存在だったら、相手に僕たちの魔法が効かない事が多い。本来の魔力の質が違うからなんだ。そしてそれは、いろんな人や精霊の魔力を混ぜ合わせて、新しく作られた存在にも言えることになっちゃう」
「そうなると、物理で倒すしかないって事か」
「うん、それで倒せる相手ならいいけど……あるいは、異質には異質をぶつけるって手もあるね。同じように理から外れた魔力の持ち主である半精霊なら、倒すことが出来るみたいだよ」

 一通り詰め終わったけど、ちょっとお肉が余ってしまった……ピーマンが思ったより少なかったようだ。
 ……よし、残った分は肉団子にしてスープに入れよう。
 少し大きめの野菜を煮詰めておいたから、後はコンソメと塩コショウで味を調え、小さめに丸めた肉団子を投下していく。

「なるほどな……ってか、すげぇいい匂いしてきた」
「ふふ、メインはこれから焼くよ」
「スープだけでも、ちょっと一口……」
「……ヴァニス、なんだかメルに似てきてない?」
「そ、そうか?」
「つまみ食い常習犯が二人もいたら、ディディさんの胸が足りなくなっちゃうよ」
「って、挟まれるの決定なのかよ!?」

 噂をすれば何とやら、入口の方から物音と声がする……どうやら、みんなが帰ってきたみたいだ。

「ただいま。シエルちゃん、さっきアタシの事を呼ばなかった?」
「お帰りなさい。ヴァニスがおかずを狙ってたんですよ」
「あらー? それじゃあ、ヴァニスちゃんをこの大胸筋で挟んであげなきゃね?」
「勘弁してください!! ってかまだ未遂ですよ!?」
「何事も経験だよー」

 何故だかやる気満々のディディさんに、調子に乗ったメルが追い立てて、リビングはある意味大惨事。
 それを見ながら、僕は父様と顔を見合わせて、困ったように笑いあった。


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