町に着く手前で、僕は具合を悪くしてしまった。
 軽い風邪のようなものだと思うけど、なんとなく熱っぽくて体もだるい……咳や鼻水は出ていないけど、喉がじわじわ痛い感じだ。

 父様が作ってくれた蜂蜜入りのレモネードと具材小さめのシチューを食べてから、ベッドの中に潜り込む。
 今はいつもの一番上のベッドではなく、誰かが病気や怪我をした時用にと、あえて空けてあるベッドで寝ている。
 体調が悪い時に上の段を使うと、トイレなどで移動するときに足を踏み外したりしたら危ないから、という理由だ。

 ちなみに馬車は町の手前に停まっている。
 馬車には父様とメルが残り、ディディさんがヴァニスを連れて買い出しに行ってくれているのだ。
 僕がこの状態だから、町の宿まで行けないという判断なのだろうけれど……。

「シエル、具合はどう?」
「父様……さっきよりはいいと思う。ごめんなさい、せっかく町に着いたのに」
「気にしなくていいよ、シエルにとっては初めての旅だから、きっと疲れが出たんだね。無理しないでゆっくりお休み」
「うん、ありがとう」

 父様は優しく僕を撫でて、ゆっくり毛布をかけてくれた。
 体が弱ってる時って、つい誰かに甘えたくなってしまうな……。
 僕の使った食器をキッチンに片付けに行く父様を目で追っていると、今度はメルがぴょこっと現れて、僕のベッドに潜り込んでくる。

「じゃー、優しいボクが添い寝してあげよう」
「あったまりに来たんじゃなくて?」
「ソンナコトナイヨー」

 誤魔化すように口笛を吹くような表情をするメルだが、このふわふわモフモフな毛並みと小動物の体温は、とても心地いい。
 メルは精霊だから、僕の病気がうつる事は無いしね。
 ふんわりとしたメルを抱っこしていると、だんだん気持ち良くなってきて、いつの間にか眠ってしまった。



 目を覚ましたのは、すっかり日も沈んだ頃。
 買い出しに行っていた二人も戻っているようで、キッチンの方からみんなの声が聞こえる。
 しっかり眠った事もあって、身体はだいぶ軽く感じるし、熱っぽくもない。

「ありゃ、シエル起きたのー?」
「うん、ありがとうメル」
「いいってことよー」

 メルはふるふるっと体を揺さぶると、前足を顔の前に出してにゅーんと伸びた。
 メルの毛並みは感触的な意味での癒しでもあるけど、感知の魔法同様に治癒の魔法の効果も持っている。
 なのでメルを抱っこして眠る事で、病気や怪我の治りが本来よりも早くなるのだ。

「じゃー、もうちょっと寝てなよー」
「え、もう大丈夫だと思うよ?」
「だめだめ、油断大敵だよー。シャルムー、シエル起きたよー」

 そう言いつつ、キッチンの方にぽてぽてと向かうメル。
 そして入れ替わるように、ヴァニスとディディさんがこちらにやって来た。

「シエル、もう大丈夫なのか?」
「無理しちゃダメよ、シエルちゃん、シャルムちゃんと違ってか弱そうなんだから」

 ヴァニスとディディさんは、僕の事を心配してくれていたみたいだ……二人にも悪い事をしてしまったな。

「メルのおかげでだいぶ良くなったから……ごめんなさい、心配かけちゃって」
「あら、いいのよ! 元気になってくれれば、それで何よりだわ」
「ああ、あんまり気にするなよ」
「うん、ありがとう」

 二人と話していたら、父様が僕の夕食を持ってきてくれる。
 トレーに乗っているのは、温かいポタージュとふわふわの蒸しパン、一口サイズのリンゴだ。

「シエル、食べながら聞いてほしいんだけど、さっきみんなでこの国でどうするかを相談していたんだ」
「どうするか?」
「メルが感知した魔力……半精霊の方はともかく、禁忌の方は放っておいていいものじゃないからね。知らせた方がいいかと思って」
「このエルカイムには、アタシたちの昔の仲間がいるのよ。それなりの地位でもあるから、何もできないわけじゃないわ」
「昔のって、父様たちと同じギルドに居た人?」
「そう、うちのリーダーがこの国の騎士団長になってる。クラニスって言う魔法使いも一緒に居るはずだから」

 その人たちの名前は、サーズリンドでチラッと聞いたっけ。
 父様とディディさんと一緒に、けっこう無茶な事をしてた人達。
 たしか、この竜王国は実力主義の国だから、王族以外の役職の人達には、竜人だけでなく人間や獣人も多くいるんだと聞いた事がある。

「それじゃあ、王都に向かうの?」
「とりあえずはね。その後はどうなるか分からないけど」

 禁忌の魔力の正体は分からないけれど、よくないものである可能性が高いんだし、このまま知らんぷりは出来ないよね。
 みんなが一緒だし、父様の仲間だった人たちもいるのなら、きっと大丈夫。
 ……だけど、やっぱり少し心配になってしまうのは、まだ僕が本調子じゃないからなのかな。

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