これまでの天気とはうって変わり、冷たい雨がしとしとと降り続ける翌日。
 温かいココアとクロワッサンサンドの朝食を終え、一息ついていたところに、クラニスさんがやってきた。
 しかも今回は、何かの魔道具をたくさん持っている。

「早くから悪いね。実は柴瑛君に、お願いがあって来たんだ」
「俺にですか?」
「うん、この魔道具……魔力を保存しておけるものなんだけど、これに柴瑛君の魔力を分けてほしいんだ。あの塊みたいなものがまた現れた時、君が近くにいるという保証はないからね」

 確かに、柴瑛君が常に近くに居るわけじゃないし、アレを倒す為の対処法を騎士団が持っている方が安全だ。
 魔力を保存するための魔道具なら、魔法が使えない人でも扱うことが出来る。
 一時的な効果ではあるけれど、禁忌の魔力の存在が相手なら、普通の魔法を使うよりも倒せる確率が上がるし、元々魔法に長けているという人なら上手く扱って、追尾したり武器にまとわせたり、という方法も可能だろう。

「出来るだけたくさん、満タンにしてほしいんだけど…大丈夫?」
「はい、頑張ります」

 そう言って、柴瑛君は魔道具を手に取り、「入力」モードにして魔力を注いでいく。
 少しすると、ピコン、と小さな音が鳴り、魔力の貯蔵部分が満タンになった。
 作業自体はこの繰り返しのようだけど、やってる方は結構疲れるんだろう。
 以前、学園の魔法の授業で似たような事をやったけど、魔力の少ない人は早々にへばってたからな…。

「クラニス、捜査の方はどうなってるのー?」
「昨日、オルバートと確認したけど、目撃情報から分かった犯人は、やっぱり第六支部の一人だったよ」

 メルの問いに、クラニスさんは半ば呆れ気味で答えた。
 彼らにとっては、「やっぱりな」という感じの結果だったんだろう。
 そして先日メルが「思ってたのと違う」と言っていた禁忌の魔力の事は、例の塊がタネだったせいか、存在の認識は出来ても場所がはっきり特定できなかったようだ。
 メル曰く、異質な魔力の癖に「タネ」という状態で保たれていたから、あるのは分かるけどはっきり見えないという、とても気持ち悪い状況だったのだという。
 なのでメルの感知した範囲内での捜索が行われたのだが、任に着いた騎士たちも、まさか昼夜問わずに人目の多い大通りのど真ん中とは思わず、路地裏や空き家などの怪しい場所を重点的に調べたらしい。

 それに、禁忌の魔力と言うものは、現存している記録では人型、または獣型とされていた。
 禁忌の存在がいると分かっていた騎士たちも、あんなよく分からない塊、しかもタネから出てくるとは誰も予想できなかったようで、結果、今回の事件は後手後手になってしまっているのだ。
 しかもクラニスさんの予想では、そのタネは簡単に蒔ける形状になっている可能性が高いのだという。
 それが細かい粒子や液状だったら、大通りを歩きながら、特定の場所で落とすだけで蒔いた事になるのだと。

 オルバートさんはその一連の事について、先入観で思い込んで指示を出してしまったと悔しそうに話したそうだが、それでもこの事件で死者や負傷者が今のところ出ていないのは、彼にとって不幸中の幸いなのだろう。
 僕たちが昨日フォドラニスから聞いた話では、少なくとも三人以上の実行犯がいる事は分かっている。
 それに、昨日の聞き込みの目撃者の証言を元に、あの詰所に居た騎士の一人が拘束されたそうだから、捜査が行き詰っているわけではないのだ。

「とりあえず、その元騎士の取り調べと事件に関与する証拠の有無次第で、第六支部は永久封鎖、血統主義の派閥の連中も叩いて埃を出してもらうよ」
「ホコリどころか、カビや雑菌まで出てきそうなよかーん」

 相変わらずの余計な一言と共に、メルが笑いながら言った。
 でも、多分メルの言うとおりだろうな、とここに居る全員が思っただろう。
 そして、魔道具に魔力を詰め終わった柴瑛君にクラニスさんがお礼を言って帰り、その後は特別な事はなにも起こらずに、一日が静かに過ぎていった。

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