僕たちは父様お手製のビーフシチューとシーザーサラダを夕食に食べて、のんびりお茶を飲んでいるところ。
 料理の下ごしらえから食器の片付けまで、今は柴瑛君がやってくれている。
 量も多いし手伝うと言ったのだが、自分の仕事だからと譲らなかったので、結局任せてしまった。
 しかしもともと忍だった事もあってか、柴瑛君の仕事は手早いのにとても丁寧だ。
 メルが監督として柴瑛君の作業をじっと見ていたが、食に関しては細かいメルから合格をもらえたのは素晴らしい。

 そして、僕たちの話題が例の事件の事になった時。
 考えても分からない、一向に進まない調査の事を案じていたら、渋々といった感じでメルが口を開いた。

「すっごくヤだけど、あいつの所に行ってみる?」
「あいつって? ……あ、もしかして、大河の精霊フォドラニス? でもどうして?」
「もしかしたら、血統主義の連中の事を知ってるかもよ」

 メルも一緒について行ったが、父様たちがオルバートさんたちの話を聞いた限りでは、血統主義の派閥のほとんどがエルシオさんと繋がりのあった人たちの子孫らしい。
 そのご先祖様たちはエルシオさんの側近に護衛の騎士、専属の医者に料理人など、彼の身近で働いていたそうだ。
 守り人であるエルシオさんがエルカイムに嫁いだことで、この国は精霊たちの祝福を受けて大きくなった。
 オルバートさんが言っていた、すぐに手を出せない事情というのは、きっとその事が絡んでいるんだろう。
 だけど、あの第六支部の騎士を見た限りでは、ご先祖様の威光を自分の実力とはき違えているだけにしか見えないが。
 フォドラニスはエルシオさんと仲が良かったという話だから、今でも何らかの繋がりはあるんじゃないかって事なのかな?

「あいつの所に行くのなら、柴瑛はボクの盾になってね」
「盾ですか?」
「ボクの可愛い毛並みを守りなさい」
「わ、分かりました」
「こらメル、調子に乗るんじゃないの」
「いて」

 若干ふんぞり返りながら偉そうにする様子のメルを、父様がこつんと小突いた。
 メルに慣れてないから仕方ないけど、柴瑛君もそんなに素直に聞かなくていいのに。

「じゃあ、アタシは町で聞き込みをしてみるわ。大通りのあたりは騎士たちがもうやってるだろうけど、奥まった所までは手が回ってないと思うし」
「ディディの聞き込みは、筋肉にものを言わせるからなー」
「あら、お望みならメルちゃんも、この大殿筋で挟んであげるわよ?」
「ほら柴瑛、今こそ僕の毛並みを守る所だよ!!」
「えっ、あ、えと……」
「柴瑛君、聞き流していいよ。メルは真面目な子をおちょくらない」
「プー」

 父様に注意されて、メルはまた膨れている。
 とりあえず、明日は僕と父様とメルと柴瑛君でフォドラニスに会いに行き、ディディさんはヴァニスを連れて聞き込みに行く事に決まった。
 ディディさんはヴァニスに、聞き込みの仕方を教えてくれるそうだけど……筋肉にものを言わせるって言ってたけど大丈夫かな。

 その後順番にお風呂に入り、夜も更けてすっかり寝静まった頃。
 何故だか目が覚めてしまって、ベッドの中で静かに起き上がる。
 辺りを見回すと、みんなすっかり眠っているけれど、どこか違和感を感じる。
 僕はその正体にすぐ気づいた……キッチンの方に、カタカタと小さな音を立てている、まんまるの物体に気付いたからだ。
 みんなを起こさないように気を付けながら、バレバレの音の主の方へそっと近づいていく。

「こら、なにしてるの」
「ふぇ!? にゃ、にゃんりもられれにゃひりょ!!」

 なんにも食べてないよ、と言いたいのだろう、口の周りがチョコで泥棒のようになったメルが、月明りに照らされていた。

「もう、お菓子禁令が無くなったからって、今日は食べ過ぎだよ」
「だってー」

 メルはチョコを付けたままの口をとがらせる。
 そんなメルのプニプニの口を拭きながら、そっとお腹をつまんだ。

「もう一回、禁止令を出したほうがいいかもね」
「やだー」

 もぞもぞと抵抗するメルだが、ふわふわの毛並みの中に隠れているのはぷよんぷよんのたるんだお腹だ。
 やっぱり若干重くなったメルを抱えつつ、チョコの箱をしまう。

「あー、まだ食べてたのにー」
「もうダメ。メル、やっぱり重くなってるよ。これ以上になったら、本当にみんなに抱っこしてもらえなくなっちゃうよ?」
「むぅー」

 ふくれつつも抱っこはしてほしいのだろう、メルは大人しく抵抗を止めた。
 そして僕に抱えられたまま、ベッドの方へと連れ戻される。
 メルを下ろすと、父様のベッドに潜り込んでいくかと思いきや、意外にも柴瑛君のベッドに入っていった。
 珍しいなと思いつつも、僕もそのまま自分のベッドへ戻り、再び眠りにつく。
 柴瑛君に逃亡中にできた傷がまだ残っていたから、癒し効果のあるメルがくっつきにい行ったと知ったのは、翌朝の事だった。

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