いくつかの町で素材集めや配達など、いろんな仕事をこなして冒険者として慣れてきた頃。
 僕たちは世界の中心地、竜王国エルカイムの端っこの町に到着しつつあった。
 エルカイムは先々代の竜王様の番が守り人だった事もあって、その時代から定住している精霊も多い。
 国境を越えてから、水の精霊、土の精霊の姿を確認したし、花の精霊からは美味しい蜜をもらった。

「エルシオは死んじゃったけど、みんなまだ居るんだねぇ」
「エルシオさんって、たしか……」
「先々代の竜王の番になった子だよ。あの子は線の細い子だったんだよねー」

 キッチンのサイドテーブルにモフっと乗っかりながら、メルは言った。
 さすがの精霊というべきか、竜王様の番だった人の事も知ってるみたいだ。

「って事は、あいつもまだ居そう」
「あいつって?」
「……大河の精霊、フォドラニス。エルシオと仲良しだったやつ」

 エルシオさんにも、仲の良い精霊がいた……それは別におかしい事じゃないけれど、何故かメルは不機嫌そうに答える。

「なんでそんなに嫌そうなの」
「だってあいつ、僕のかわいい毛並みをビショビショにしてくるんだもん」

 メルは頬をプクッと膨らませて答える。
 確かにビショビショにされるのは嫌だけど、なんでまた……もしかして、メルと仲が悪かったのかな。
 そして膨れつつも、僕が揚げていたお昼ご飯用のハッシュドポテトを、さりげなくパクッと食べた。

「あっ、コラ! 数が合わなくなっちゃうじゃない」
「ヴァニスの分を減らせばいいよー」
「……じゃあメルは、デザートの焼きリンゴは無しね」
「えー!? シエルのいけずー!!」

 メルはテーブルに乗ったまま、僕の腰のあたりをぺしぺしと叩いて抗議してくるが、ふにふにの前足では全く痛くない。
 ……いや、これは痛くないように叩いてるんだろうな。
 本気のメルキックは父様の攻撃同様に、足を魔力で蹄のように硬化させてくるから、完全に凶器だ。

「大丈夫だよー、ヴァニスはお腹が痛いって言ってたしー」
「言ってねぇぞ」

 僕たちの話が聞こえたのか、屋根の上で野菜に水をあげていたヴァニスが降りてきた。

「もー、気を利かせて話を合わせてよねー」
「なんで俺のおかずを減らす手伝いを、俺がしなきゃいけないんだよ」

 ヴァニスは苛立ちつつも呆れ顔だ。
 彼もメルが元々こういう性格だというのを知っているし、メルの方もヴァニスは一番いじりやすい相手なのだろう。

「メルちゃんったら、相変わらずつまみ食い常習犯なのね」
「ディディのおかずは取ってないじゃないかー」
「あら、アタシの分を取ったら、この大胸筋で惜しみなく挟んであげるわよ?」
「やめて」

 賑わしくなってきたキッチンに、ディディさんもやって来た。
 メルの即答ぶりからすると、どうやら過去に挟まれた事があるようだ。
 だけどちょうどみんな集まったし、時間もいい頃合いだったから、運転席に居る父様に声をかける。

「父様、そろそろお昼にしよう」
「……あ。ああ、そうだね」

 父様はいつもの様に笑っていたけれど、いつもと少し様子が違う。
 どこか具合が悪いのか……それとも、長旅で疲れてきたのかな?

「父様、どうしたの? 大丈夫?」
「え、大丈夫だよ? ……ごめん、ちょっと気になる事があっただけだから」
「気になる事……?」
「うん、ちょっとこの国の様子がね……メル」
「……フォドラニスは居ない?」
「今は近くに居ないよ」

 それを聞いたメルは、屋根の上にぴょんぴょんっと飛び乗り、柵の上で毛並みを倍増させている。
 しばらくその状態が続き、やがて元の大きさにしぼんだメルは、上がった時と同じ軽い足取りで降りてきた。

「んー、これはちょっと、不憫な子と厄介なのが混ざってるねー」
「不憫な子と厄介なの……?」

 メルはこの自慢の毛並みで、周囲の魔力の質を感知する魔法を使うことが出来る。
 その範囲は一つの国全体にも及ぶというからすごいものだが、その魔法をやったらかなり疲れるそうで、終わった後にがっつり食べて寝ないとやってられないんだそうだ。
 本来なら人間と精霊、一部の動物や魔物の魔力だけが周囲に漂っているのが、問題の無い通常の状態。
 だけど、そうじゃない魔力が混ざってるって……。

 一応は守り人である僕も、周囲の魔力に明らかな異変が起きているならさすがに気づくけど、小さな異変だと気付き難い。
 でも父様は、旅人としても守り人としても僕以上に経験があるのと、仲良しの精霊が感知の魔法が使えるメルである事が影響して、僅かな異変に感づいたのだろう。

「メル、混ざってたのは、何か分かる?」

 父様の問いに、メルはハッシュドポテトを全員分平らげながら答えた。

「半精霊と、禁忌」


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