《イグニ視点》





「……イグニ様、気持ち悪いですよ」

 執務中に棘のあるセリフを放ってきたのは、もちろんロドだ。
 俺は商団が来た日にカナデに髪飾りを贈り、あの子もそれを受け取ってくれた。
 それはつまり、カナデが俺のプロポーズを受けて、俺の恋人である事を了承してくれた証。
 そのおかげで、俺は嬉しさが顔に滲み出ており、書類を片付けながらニマニマと笑っていたのだ。

「あまり言いたくはありませんでしたが……イグニ様、カナデ様は分かってらっしゃらなかったですよ」
「は?」
「装飾品を贈ってプロポーズをするのは、ロンザバルエの竜人の習わしです。ミズキ出身で旅人でもあったカナデ様には、あれにプロポーズの意味があるなんてご存じありませんよ」
「……な……なんだと!?」
「ああ、ちゃんと後からアルバが伝えました。それでも突き返される事はないようですし、了承自体はしてくださったのでしょう」
「……脅かすな」
「今後の為に言ってるんです。ロンザバルエの竜人にとっては、この行為にはこういう意味がある、とカナデ様に先にお伝えするべきですよ。今回は単純にプレゼントという解釈もできるからいいんですが、婚儀や初の夜の時だったら、説明不足のせいでありえない程に嫌われても、文句は言えませんよ」
「……」

 ロドの正論すぎる言い分に、言葉を詰まらせる。
 確かに今回のものは、プロポーズの意味ではない純粋な贈り物として受け取ってくれても、それはそれでいい。
 しかし、この先に予定されている事は、一生を誓う事と、体を許す事……。
 さすがにそれを後から説明してしまったら、カナデにとってはとんでもない詐欺に合ったも同然だろう。
 せっかく少しづつ心を開いてくれるようになり、今では愛らしい笑顔と声で、俺の名前を呼んでくれるというのに……嫌われてしまったら、口もきいてくれなくなるんじゃないだろうか。

 
 カナデに何かあったら、俺は生きていけない……。
 先日あの子が具合を悪くした時だって、静かに休ませるべきだと頭では分かっているのに、ずっと気が気でなかったのだ。
 それと同じで、もしもカナデに嫌われてしまったら、俺は生きながらにして死んだような日々を送る事になるだろう。
 番に良く思われず、拒絶されたり無関心を続けられたガイムとヴィダが、あそこまで悩んでいた理由も今ならわかる。
 我々にとって、絶対的な愛情の対象である番に拒まれるなんて、たとえ冗談や夢の中の話であったとしても、とても耐えられそうにない。
 俺の場合は、カナデが元々優しい子だったから、俺達に対する許容範囲も広いというだけだ。
 それを越えるような事をしてしまったら……その時こそ、本当に嫌われる時なんだろう。

「ま、カナデ様は話の通じる方ですから。先にきちんと説明さえすれば、後から嫌われる可能性は低いでしょう。……イグニ様が、とんでもなく下手くそでない限りは」
「おいどういう意味だ」
「えー? なんの事ですー?」

 ロドはわざとらしく肩をすくめ、書類の方へと目を向けた。
 言いたい事はなんとなく分かるが……とんでもなく下手くそとは、ロドも言ってくれるな。

「そういうお前は上手いのか」
「普通じゃないですか? まー、俺の相手はアルバですから。多少下手でも番同士って分かってるから、相性は最高ですよ」
「惚気竜め」
「イグニ様に言われたくはないですねー」

 こいつもノルス同様に、口の減らないやつだ。
 だが実際の所、その口の減らなさで助かっている事もあるわけだが。

「……はぁ……カナデに癒されたい」
「今日はお部屋にはいらっしゃいませんよ」
「図書館にでも行っているのか?」
「いえ、菜園の方で種まきをなされていますね」

 そういえば、カナデの希望で造った菜園が完成したと言っていたな。
 先日、花屋で買った種と苗を植えているということか。

「危ない事はしていないだろうな……少し様子を見に……」
「アルバが一緒だから大丈夫ですよ。イグニ様は、さっさと書類を片付けてください」
「少しくらいいいだろう」
「ダメです。そのまま帰ってこなくなりそうですし。昼食はご一緒できるんですから、それまで我慢してくださいよ」
「むぅ……」

 ロドに本日二度目の棘を刺され、渋々書類に視線を移す。
 今はまだ十時だから、昼食まで二時間も時間があるな……あと二時間もカナデに会うことが出来ないなんて。
 普段ならカナデとの時間を取りたいが為に、午前中に仕事を終わらせてしまうんだが……何故か、いまいち筆がのらなくなってしまった。
 これさえ終わらせれば、午後はカナデとゆっくりすることが出来ると、分かってはいるんだが……。

 晴天のロンザバルエの火竜宮の執務室、完全に呆れた視線を送ってくるロドを横目に、俺はぐだぐだと書類を片付けていった。