《ロージェン視点》
それが起こったのは、ある日の昼食の時間。
最近ではアカツキ様の前でも普通に会話ができるようになってきたし、周りから茶化される事も減ってきて、良い方向に進んでいた。
その日もいつもどおりにイグニ様とカナデ様に食事を運び、その足でアカツキ様の元へとやってきたのだが、アカツキ様の様子がいつも通りではなかった。
普段は笑顔で美味しそうに料理を食べてくださるのだが、今日は少し表情が曇っているように見える。
「あの……今日の料理は、お好みではありませんでしたか?」
もしかしたら、アカツキ様の苦手な食材が入っていたのかもしれない。
そう思って尋ねてみたのだが、アカツキ様は申し訳なさそうに笑って、そうではないと否定した。
「いえ、とても美味しいですよ。……すみません、少し考え事をしていましたから」
「それは……私が聞いてもいい事でしょうか……?」
「ええ……むしろ、ロージェンさんにしか話せないと言いますか……」
わ、私にしか話せない……!?
その言葉を聞いて特別感を感じ、つい嬉しくなってしまったが……いや、しかし。
アカツキ様の様子を見る限り、話の内容は明るいものではない可能性が高い。
まさか……まさかとは思うが、私と番うのを拒まれてしまうのでは!?
いくら番に出会えたとしても、相手が断固拒否の姿勢を示した以上は、無理に番う事はできない。
竜人にとって番うという事は、止めどなく溢れ出る愛情を捧げたいだけでなく、魔力の調和をとる為という理由も含まれている。
だから相手が如何なる種族であろうとも、番った相手は竜人の強い魔力の影響で、寿命や体質のほとんどを竜人に合わせる事になるのだ。
永遠に近い長い時間を生き、本来の体質も変わり、調和の為の行為も定期的に必要とする……番の感覚が分からない種族なら、拒む者も多いだろう。
なので番を見つけたばかりの竜人は、「連れ去って閉じ込めて自分だけが永遠に愛でていたい」という本能と「常識を考えろ、まずは受け入れてもらってからだ」という理性の間で、激しく葛藤する事になる。
だからガイム様とヴィダ様の婚儀も、番様であるグラノ様とウォルカ様が宮に入られてから番である事を認めてくださるまで、十年以上の年月を必要とした。
逆にエアラ様とフォトー様の場合は、即日でもいいという勢いだったが……さすがに準備の時間は必要なので、宮入りしてから一週間後に婚儀が行われたな。
だがもしも、アカツキ様が私の番である事を拒むのなら……受け入れてもらうのに、一体何年かかるというのだろう。
人族の寿命は、長くても百年ほど……それよりも早く亡くなってしまう事の方が多い。
「……少し、お話をするお時間を貰えますか?」
私が悶々としていると、アカツキ様はそう言って少し寂しそうに笑う。
もちろん私は了承し、厨房の部下たちには事情を伝えて仕事を任せ、アカツキ様の使っている客室へと足を運んだ。
「すみません、お忙しいのに」
「いえ、全然全く大丈夫です!」
「ロージェンさんは優しいですね。俺にはもったいないくらいに」
「え?」
「単刀直入に聞きますね。番と言う立場を、別の方に譲与する事は可能でしょうか?」
「なっ!……何故、で、すか……?」
「私のような者では、貴方に相応しくありません。そろそろ本格的に、私の住居を建ててくださると話を頂いたので、可能ならばその前にと思ったのですが」
……やはり、アカツキ様は私の番になりたくないのだろうか。
でも、なんで。そんなに悲しそうに話すのですか。
「……番は、唯一無二です。どんな事情でもどんな術を使っても、他の者に代える事は出来ません。もしも番う相手が亡くなった場合でも、他の者が番になる事は無いので、その竜人は番を失ったままになります」
「……そうですか」
「あ、の……もしかして……私の番になるのは、嫌なのですか……?」
「いいえ」
「……え?」
「運命というのも意地悪ですね。ロージェンさんには、もっと相応しい純潔な相手はいくらでもいるのに」
「そんな、事は……」
「ロージェンさん。俺は、貴方が思っている以上に……汚れていますよ」
アカツキ様は、まるで凪いだ海のように静かに、私に自分の過去を話してくれた。
彼は元々、ミズキの国の東の領地を治める「黎明公」の血筋であった事。
しかし、父親に当たる当主は資産目的で母親との繋がりを持っただけであった事から、アカツキ様と母君を冷遇し、別の母親たちや子供たちを優遇したという。
黎明公の正当なる後継者には、「浄化」「発展」「光と熱」といった、特別な魔力が宿る。
当主は子供たちの中でも、特に溺愛している者たちにその力を継がせたかったそうだ。
しかし、その力を継いだのはアカツキ様だった。
当主は嫉妬した母君の仕業だと、言いがかりの冤罪と暴言で母君を侮辱し、暴行した。
母君にとっては家の為の結婚で、当主への愛情など初めから無く、嫉妬などするはずもないというのに。
そのまま母君は館を追い出されたが、アカツキ様は人目を盗んで、母君の後を追った。
だが、母君の傷は致命傷になるほど酷く、加えて真冬の厳しい寒さが追い打ちになり、母君は命を落としてしまった。
母君は最期に、アカツキ様にある願い事をした。
「自分の亡骸を貴方の力で灰にして、夜明けの光の中で散らしてほしい」と。
アカツキ様は前も見えないほどに涙を流しながら、母の最期の願いを叶え、弔ったそうだ。
その後、アカツキ様は黎明公の屋敷には戻らなかった。
着の身着のまま、失意と絶望の中で、当てもなくさ迷い歩いたという。
そうしている内に、北の領地へと入り込み、ある忍の者に拾われた。
どうやら彼には捨てられた孤児と思われたらしく、アカツキ様自身も他に当てが無かった為に、忍に連れられて見習いとなったそうだ。
忍の任務は過酷なものばかりだったが、失意のアカツキ様は逆に自暴自棄になっていたところもあったそうで、どんな事でもこなしていった。
要所の警護や伝達だけでなく、諜報活動、破壊工作、暗殺……時には男相手の情事を行う事も少なくなかったそうだ。
だが、領主の新たな改革により、出自不明の忍たちは解雇される事となった。
なので忍の技術を活かし、自由業である冒険者として生計を立てていたところ、幼いカナデ様と出会ったそうだ。
アカツキ様がカナデ様を育てたのは、どことなく自分に似ていたから、それだけだという。
カナデ様の事は、自分の自己満足に巻き込んだだけだとアカツキ様は話したが、私はそうは思わない。
そして、ご本人曰く黒歴史である、商家の女性とのいざこざが片付き、火竜宮に招かれたのがアカツキ様の現状。
私の感情は、ぐちゃぐちゃになっていた。
番になる事を拒まれたわけではないのに、心の底から痛みを感じる。
アカツキ様が私を拒んでいるわけではないと、むしろ私の為を思って言っている事だと、頭では分かっているのに。
私は火竜宮の料理長として、のうのうと生きていた。
戦うのも守るのも竜兵たちの仕事だし、医療、建築、配送、施設の維持管理などはそれぞれの竜人たちの仕事……私は彼らの腹を満たす料理を作るだけ。
それだって大事な仕事ではあるけれど、アカツキ様の過去を聞いた今では、自分がいかに恵まれた環境にいたのか思い知らされたのだ。
アカツキ様を幸せにしたいという気持ちと、本当に私でいいのかという気持ちが入り交ざる。
番を幸せにしたい、ずっとそばに居たいという本能だけで……私の独り善がりな感情だけで、アカツキ様にプロポーズするのは本当に正解なのか。
変える事の出来ない彼の過去を、今もなお背負い続けているだろう悲しみと背徳感を、共に背負う覚悟が本当に私にあるのだろうか。
「……時間を……もう少しだけ、時間を頂けますか? 背負う覚悟を決める時間を」
「汚らわしいとか、幻滅したとかは、思わないのですか?」
「まさか!! 貴方に対して幻滅する事なんてありませんし、汚らわしくなんてありません!! ……でも、私がこのまま、本能のままに軽々しい言葉で告白すれば、貴方の人生を侮辱する事になる、だから……」
自分でも何を言っているのか、どうしたらいいかが分からない。
伝えたいことは山ほどあるのに、もっと気のきいた事を、優しい言葉をスマートに言えればいいのに、出てくるのは先急ぐ気持ちばかり……ああ、こんな自分が嫌になる。
しかしアカツキ様は、先ほどとは違った寂しさの含まれない笑顔で、私に言った。
「ロージェンさんは、本当に優しい人ですね」