話に区切りがついたところで、ディディさんとは一旦別れて部屋へと入る。
 少々の不安は残っていたが、部屋の中もシンプルかつオシャレな作りで、筋肉にまみれるような要素は無いから一安心だ。
 なんでも、この宿は仕事などの理由で他所から来た人向けに開業したらしく、筋肉成分は控えめになっているのだそう。
 確かにそういう趣味がないけどこの町で泊まる必要がある人なら、筋肉に囲まれる宿はちょっと疲れそうだもんね……。

 そしてしばらくしてから、夕食の時間になる。
 この宿の食事はシッティング・ビュッフェ形式のようで、専門のシェフが作った料理がずらりと並び、給仕の青年たちが追加の料理を運んだりお皿を片付けたりと、忙しそうに行き来している。
 前菜、スープ、メインなどの料理はどれも美味しそうで、ドレッシングや調味料、ドリンクの種類も豊富だ。
 他の利用客の人達も、お皿いっぱいのピザを食べる人や山盛りのデザートを運ぶ人、全メニューを制覇する勢いの人など様々。
 かくいう僕たちも、ちょっと取り過ぎかな? くらいの量を持ってきてしまったわけだけど。

 その結果、とても美味しい夕食ではあったけど、やっぱり食べ過ぎた。
 軽く腹ごなししたいな、と思いつつ部屋に戻ると、部屋の前でディディさんが僕たちを待っている。

「あれー? サボりー?」
「違うわよ、オーナーが予定より早く帰ってきたの。それに、受付の時間自体ももう終わってるからね、アタシの仕事はお終い。せっかくだからみんなとご一緒させてもらおうと思ってね」

 ディディさんはメルの失礼な物言いをさらりとかわし、ウインクをする。
 でも、父様のギルド仲間だったという事なら、二人とも積もる話もあるだろう。

「じゃあ僕、少し散歩してくるね。ディディさん、父様と話したい事があると思うし」
「そんなら、俺も少し外れますよ」
「あら、そんなに気を遣わなくていいのよ?」
「さては、おさんぽデートする気だなー?」

 メルが若干ニヤニヤしながら僕たちに言うが……いや、そういうつもりじゃないんだけどね。
 しかしディディさんはメルの言葉を真に受けたのか、「あらまあ」と頬に手を当てて温かい眼差しでこちらを見ている。

「行くのはいいけど、変なのには気をつけるんだよ」
「そうよ、この町は良いマッチョばかりだけど、悪いマッチョもいるんだから」

 悪いマッチョってなんだろうと思いつつ、三人に見守られながら宿を出る。
 外はだいぶ暗くなってるし、遠くに行って迷っても困るから、この通りを少し歩くだけにしよう。
 そう思っていたのに、宿から数軒先を進んだくらいの所で、向こう側から三人の人影が見える……おぼつかない足取りとお酒のにおいからして、酔っ払いマッチョトリオのようだ。

「んー? なんだ、可愛い子がいるなー?」
「おっ本当だ。どうだい、俺たちと遊ばない?」

 うん、これは悪いマッチョだ……いや、悪酔いマッチョ?
 ヴァニスは僕を守るように、三人との間に入ってくれたが……。

「あはは、大丈夫だって、ちゃーんと二人とも相手をしてあげるから」

 トリオの一人が笑いながらそう言うと、ヴァニスは一瞬戸惑った後に固まってしまった。
 きっとヴァニスからしたら、自分が「される側」になる事が想像できなかったんだろうな。

「ほら、おいでよ」
「あっ!」

 隙をついて僕の方に回り込んできたトリオの一人に、腕を掴まれてしまう。
 腕力では敵いそうもない……魔法を使うか、と思ったその時。

「やめるんだ!!」

 不意に僕たちの居た場所の反対側から、何者かの声が上がる。
 僕とヴァニスはもちろん、悪酔いマッチョトリオも声の主の方へと注目した。
 そこには一人一人専用のグランドライトを足元に置いた、見回りの兵……と思われる素晴らしい筋肉の三人組が、びしっとマッスルポーズを決めていた。
 突然現れた新たなマッチョトリオに、僕とヴァニスはポカンとしているが、悪酔いトリオはなんだか焦り気味だ。

「その手を離したまえ!!」
「君たちの筋肉は、かよわい少年たちを傷つける為のものなのか!?」
「どうしてもというのならば、我々が相手になろう!!」

 言っている事は正義感溢れる内容ではあるけど……一人の言葉が終わるたびに違うポーズをビシッと決めるのは、マッチョマンたちのルールなんだろうか。

「く、くそ! あんなに仕上がったシックスパックには敵わねぇ!!」

 そう言って、悪酔いマッチョたちは逃げていったが……若干ついていけてないのは、僕だけだろうか。

「君たち、大丈夫かね?」
「は、はい……ありがとうございます」
「なぁに、町の治安を守るのが、我々の仕事だからね」
「今日はもう遅い、早めに帰りなさい」
「はい」

 僕たちの無事を見届けると、見回りマッチョトリオはグランドライトを片手に、再び見回りに戻っていった……あの人たちは、良いマッチョなんだろうな。
 ヴァニスと顔を見合わせて、さっき来た道を再び戻る。
 僕は少し驚いただけだけど、ヴァニスはさっきのショックが尾を引いているようで、耳を伏せたわんこのようにトボトボと歩いている。
 ヴァニスには悪いけど、なんだか可愛いと思ってしまった事は、僕の心の中にしまっておこう。

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