筋肉街にできた、第四の宿。
 そこは僕たちの想像とは全く違う、普通の……むしろ、オシャレな宿だった。
 ダークブラウンの木と白いレンガを組み合わせたスタイリッシュな感じで、庭に二体のマッスル像がありはするけど、他には怪しそうな所はない。

「うーん、今日はここに泊まろうか?」
「中が凄かったりしてー」

 父様の提案にメルが不安な一言を付け足すが、それでも他の三つの宿よりは落ち着けそうな感じだ。
 若干警戒しつつも扉を開けると、内装もオシャレな感じで、筋肉成分はロビーに飾ってある絵画くらいかな。
 まだ油断はできないけど、客室もこうならちゃんと落ち着けると思う。

「いらっしゃい……あら!!」

 受付のカウンターに居る、これまたマッスルな男性が僕たちに気付く。
 だけど受付の人にしては、なんだか反応が違うみたい……?

「シャルムちゃんとメルちゃんじゃない!? やだー!? もうすっごい久しぶりー!!」
「……ディディか?」
「ディディは、相変わらず濃いよねー」
「まあメルちゃんったら、相変わらず口の減らない子ね」

 このちょっと変わったしゃべり方で、緑色の瞳に黒髪ベリーショートヘアの、お手本のようなマッスルボディの受付さんは、父様とメルの知り合いみたい……?
 僕とヴァニスが首を傾げていると、ディディと呼ばれた受付さんは、僕たちに気づいてこちらに話しかけてくる。

「あら!! この子たち、もしかしてシャルムちゃんの子!? シャルムちゃんそっくりで可愛いわ!! そっちの子は旦那さん似なのかしら?」
「え? えっと……」
「……ディディ、俺たちは宿をとりに来たんだが、とりあえず仕事をしてもらってからでいいか?」

 父様が呆れ半分で笑って言うと、ディディさんも「あっ」と呟いて、カウンターから帳簿と鍵を出した。

「いやだわ、アタシったらお仕事中じゃないの!! えーと、泊まっていってくれるのよね? それじゃ、ここにサインをちょうだい」

 父様はディディさんの出した書類にサインをし、宿代を渡す。
 ひとまずは今晩の宿を借りることが出来たので、父様とディディさん、時々メルの会話が再開した。

「この宿は、ディディが経営してるのか?」
「違うわよー、アタシは今でも冒険者やってるの。この宿のオーナーが知り合いなんだけど、急な用事でしばらく出る事になっちゃってね。アタシは店番みたいなことを頼まれたのよ」
「……って事は、今日の夕飯は丸焼き料理か」
「あはは、大丈夫よ。専門のシェフと給仕はちゃんといるから。アタシは可愛い受付係ってわけ」
「まーた、自分で可愛いとか言っちゃってー」
「あら、じゃあメルちゃんが看板ヒツジになってくれる?」
「ボクの素晴らしい毛並みは、安売りしないもーん」

 そう言って、メルは僕の頭にモフっと乗った。
 確かに、このフワフワなモフモフは、安売りするにはちょっともったいない。

「シャルムちゃんの方はどうだったの? ギルドを離れてから、いろいろあったんじゃない?」
「ああ、本当にいろいろあったな……」

 ディディさんの問いに、父様は苦笑いで今までの事を話した。
 最初は興味津々で聞いていたディディさんだったが、次第に表情が怒りに満ちていく。

「なーによ、それ!! うちのシャルムちゃんに何てことしてくれんのよ、ラドキアの連中は!! リーダーとクラニス呼んで、今から潰しに行きましょ!!」
「いや、多分勝手に潰れるから」
「そうだろうけど、それでも腹立つわ!! あ゛ぁー!! サンドバッグサンドバッグ!!」

 怒りが収まらないディディさんは、どこから出したのか謎のサンドバッグを取り出し、いい音で殴りまくっていた。
 二人の会話からするに、父様とディディさんは例の凄いギルドの仲間のようで、他にもリーダーに当たる人とクラニスさんという人が居るようだ。

「シエルちゃんとヴァニスちゃんも大変だったわね……でも、あなたたちの親がシャルムちゃんでよかったわ。あ、もちろん、メルちゃんも合わせてね」
「ちょっとディディー、今ボクの事、忘れてたでしょー」
「あら? そんな事ないわよー?」

 プクッとふくれるメルに、ちょっととぼけた感じでディディさんが返答している。
 でも、僕の親が父様でよかった、その点については僕も素直に激しく同意できる事だな。

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