少しづつ暑さと火竜たちのテンションが上がり出したこの頃。
 竜王様と番様のお茶会の席に、珍しくノルスさんがやってきた。

「本日は、お願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい、自由施設で次に行われる催しなのですが、私の知り合いが企画したものでして。皆様に先行体験をして頂き、感想や改善点などを教えて頂ければと」

 自由施設というのは確か、去年演劇を見たホールの傍にあった、巨大な空き地だ。
 そこでは催しを行うたびに簡易的な建物や設備を作り、期間限定で来場者に楽しんでもらうという場所だと聞いた。
 過去には巨大な迷路、十人乗りのブランコ、塔のようなアスレチックもあったのだとか。

「催しって、なにやるんだ?」
「こちらが繊細となっております」

 フォトーさんが尋ねると、ノルスさんはスッと一枚のチラシを差し出した。
 そこには、「真夏の恐怖体験!!廃墟となった館の謎を追え!!」という文章と共に、雄々しくもおどろおどろしい館の絵が描かれている。

「これはつまり……肝試し、という事でしょうか」
「はい! そのとおりです!!」

 ウォルカさんの言葉に、ノルスさんは何故か上機嫌で答えた。
 しかし、肝試しか……俺の中では、碌な思い出はないというか、って感じだな。
 というのも、夏場のミズキでは冒険者への依頼に、廃墟やいわく付きの場所に入り込んだ住人たちの救助要請が、けっこう多くあったのだ。
 幽霊が出るという噂がある、人がほとんど入り込まないような場所に、軽い気持ちと装備で行くのだから……老朽化した建物が崩れたり、危険で迷いやすい地形である事なんて、当然の事なのに。

 でも、催しものならそう言った危険は無いだろうし、安全面に関しての不安はないだろう。
 問題は、こういうホラー系を皆さんが平気か苦手か、だろうか。
 そんな事を考えていると、グラノさんがノルスさんに話しかけていた。

「内容としては、どのような感じだろうか?」
「廃墟の館を模した建物の中を進んで頂き、各所にあるクイズを解いて、当たりの部屋にあるスタンプをいくつ集められるか、というものになっています。ちなみにハズレの部屋には、スタンプの代わりに怖い絵が飾ってありますよ。道中も脅かし役や効果音、照明などで雰囲気をバッチリ出していきます」

 なるほど、怖いだけでなく謎解きの要素もあるのか。
 けっこう本格的な感じだけど、脅かし役の人が居るなら、途中でケガをしたり気分が悪くなっても、対処はしてもらえるだろう。
 ……オバケに助けてもらうというのも、シュールな光景ではあるけれど。

「どうでしょう? ホラーが不得意な方には、無理にとは言いませんが……定番のアレは出来るかもしれませんよ?」
「定番のアレ?」
「驚いたり怖くなった番様の方から飛びつかれたり、出口までガッツリくっつかれたり、その日の夜に眠れなくなって寝室に訪れたりする、アレです」
「「「「よしやろう!」」」」

 竜王様たちは全員、ノルスさんに食い気味で答えた。
 なんというか、ノルスさんに上手く転がされている気がしないでもない。
 フォトーさんは興味ありげにチラシを眺め、グラノさんは呆れ顔で竜王様たちを見つめていたが、ウォルカさんは珍しく、苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。



「カナデは、ホラーは平気なのか?」

 お茶会が終わり、火竜宮に戻る途中で、イグニ様に尋ねられる。

「そうですね、あんまりグロすぎるのはちょっと嫌ですが、ホラー自体が苦手というわけではないですよ。まあ、突然大きい音とかがしたら、ビックリはしますけど」
「そうか……いや、さっきは勢いでやると言ってしまったが、もし君がそういうものが苦手だというなら、後からでも断ろうかと思っていたんだ」
「大丈夫ですよ。それに謎解きというのも、楽しそうですし」
「ふむ……だが、もし怖かったら、遠慮なく俺に飛びついてくれて構わないぞ?」

 イグニ様は満面の笑みでそう言うが……もしや、俺が怖がってくっつく事を楽しみにしているんじゃないだろうか。

「飛びつくかどうかは分かりませんが……そういえば、イグニ様はホラーは平気なんですか?」
「俺の場合は、苦手ではないのだが……驚いた拍子に、脅かし役に手を出してしまうかもしれん」
「え、それはさすがにダメですよ?」
「ああ、分かってはいるんだが。なにせ荒事が専門の火竜だからな、口より先に手が出やすいんだ」
「……じゃあ、俺がイグニ様の手を押さえておきましょうか」
「ああ、そうしてくれ」

 俺の提案に、イグニ様はさっきと同じくらい満面の笑みで答えた。
 いくらなんでも、仕事をしているだけの脅かし役の人に、イグニ様の火竜パンチをくらわせるなんて、さすがに不憫が過ぎる。
 ……なんとなく、イグニ様に乗せられたような気がするのは、俺の気のせいなのだろうか。