あれから一日がかりで準備を整え、僕はメルと一緒に夜市に来ていた。
 夜の町の市場はランプの優しい光に照らされ、すごく幻想的で独特の不思議な雰囲気だ。

 冒険者用の露店は両手を広げたくらいのスペースがもらえて、必要な台などは自分で用意するそうだ。
 なので商品をただ並べているだけ、という人もいれば、すごく凝った小さなお店を作っている人もいる。
 僕たちは父様から借りたポーチを使って、机と椅子、テーブルクロスを出してクッキーを並べた。

 今回作ったのは大きめのメル型クッキーに、小さい花や星のクッキー。
 それを一緒に紙袋に入れて全部で二十袋、見本として一セット分をお皿に出しておく。
 初めてだし一袋二百ゴルにしてみたけど、売れるかな……?

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、ボクの形の可愛いクッキーだよー」

 メルは机の端っこで、くるくると回りながら客寄せをしてくれる。
 今回の手伝いをちゃんとやったら、見本のクッキーを食べてもいいと父様からのお許しをもらったから、お菓子の為に張り切ってるんだろうな。

 メルの回る宣伝もだけど、やはり夜市では食べ歩きたいという人が多いのだろうか、思っていたよりも買ってもらえた。
 今回だけの購入者サービス、メルを一モフもけっこう好評だったし。
 全く売れない、という最悪の場合も考えてはいたけど、そんな事にはならなくてよかった、と安堵する。

 夜も更け、夜市の終わりの時間も迫り、とうとう残りはあと二つ。
 そろそろ片付ける準備もした方がいいのかな、と思っていたら、僕たちのお店の前にヴァニスとディディさんがやって来た。

「シエルちゃん、お疲れ様。売れ行きはどう?」
「お、けっこう減ってるじゃん」
「どんなもんだーい」
「なんでメルちゃんが得意げなの」

 メルのドヤ顔に、なんだかおかしい気持ちになって、皆で笑いあう。
 するとディディさんが何かを閃いたように、僕とヴァニスに提案をした。

「シエルちゃん、売り上げのお金もある事だし、ヴァニスちゃんと夜市を見て回ってきたら? お店はアタシが見ているから」
「え、いいんですか?」
「大丈夫よ、丁度アタシもちょっと座りたかったし」

 ディディさんもヴァニスと同じ荷運びをしてたみたいだし、疲れたのかな。
 僕はお店の内側からどいて、ディディさんと居る場所を交代する。

「じゃあ、行ってらっしゃい。何かあったらここに戻ってきなさいね」
「はい」

 ディディさんとメルに見守られながら、ヴァニスと夜市の中を歩きだした。
 この間の星空を見た時もだけど、夜の独特の雰囲気はいろんな事が特別に感じてしまう。
 いつも一緒に居て見慣れてるヴァニスも、なんだか違う雰囲気に見えるような……。

「シエル、どうした?」
「え? 何が?」
「いや、なんか俺の方見てたから……あ、もしかして」
「な、なに?」
「トイレなら、行ってきていいぞ? ずっと座りっぱなしだったんだろ?」
「………………ありがと」

 確かにずっと座りっぱなしだったけどさ……。
 でも僕が見てたのは、そういう意味じゃないんだけど。
 ただ、ヴァニスが僕に気を遣ってくれる事自体は、やっぱり嬉しいんだよな。
 ついでの事だし、僕はそのままトイレに行こうと思ったけど……止めた。

「行かないのか?」
「うん、ちょっと入る勇気が……」
「勇気って……ああ」

 僕がトイレに行かない理由を、ヴァニスは察してくれたようだ。
 いくら僕だって、中から恋人たちのアハンウフンな声が聞こえてくる場所に、自ら飛び込む度胸はない。


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