《ロド視点》
カナデ様が番様方との相談の場を設けてもらったあの日、何故か俺はアルバに股間を蹴り上げられた。
しかし自分も竜人の端くれ、あの時の強烈な痛みを数時間ほど引きずっても、次の日には跡形もなく消え去ってしまったから、軽傷と言えば軽傷なのだが……。
問題は、アルバが何故そんな行動をとったのかが分からない事だ。
怒らせるような事をした記憶は無いし、あの日だって宮を出る前の様子はいたって普通だった。
考えられるのは、あの日の茶会の席でアルバが俺に対して怒るような出来事が発生した……いや、それもおかしいだろ。
俺はイグニ様と宮で留守番だったし、アルバはカナデ様と共に中枢の庭園に出かけている。
互いに顔すら合わせてない状況で、どうやってアルバを怒らせられるというんだ。
悶々と悩む俺に、イグニ様から少し呆れ気味な声が掛かる。
「ロド、何をそんなに悩んでいる」
「なんと言いますか……アルバが何を考えているのか、見当がつかなくて」
「あれからアルバは、何も言ってこないのか?」
「はい……俺を見て不満そうにするだけで……」
「ふむ……アルバが何も言わないのなら、カナデに聞いてみたらどうだ?」
「カナデ様にですか?」
「ああ、アルバの様子がおかしくなったのは、例の茶会の後だろう? 原因そのものが分からなくても、その時のアルバの様子を聞けば、ヒントにはなるかもしれんぞ」
「たしかに……」
アルバが教えてくれない以上、その時にご一緒だったカナデ様に状況を聞く方が早いかもしれない。
ふと時計を見ると、昼食の時間がだいぶ近づいている。
今日の仕事は終わっているので、少し早めに食堂へ向かうと、カナデ様がアルバと一緒にこちらへ向かってくるのが見えた。
するとイグニ様が、二人に声をかけて呼び止める。
「アルバ、少し確認したい書類がある。カナデはすまないが、ロドと食堂で待っていてくれるか?」
「はい」
「分かりました」
イグニ様はなんとも自然に、俺とカナデ様を二人きりにしてくれた。
カナデ様に関する事となると、語彙力皆無の惚気竜になってしまうイグニ様だが、こういう時は流石の竜王様らしく、事を自然に運んでくれるものだ。
事情を知らないカナデ様は、俺と共に一足先に食堂へと向かい、いつもの席に座られる。
イグニ様がわざわざ俺の為に作ってくれた時間だが、そう長くは無理だと分かっているから、俺は単刀直入にカナデ様に尋ねた。
「あの、カナデ様。先日の番様方とお集まりになった席で、何かあったんでしょうか?」
「え? なにか……と言われても、皆さんが俺の相談にのってくれたのだけど……」
「実は、あの日以降アルバの様子がいつもと違っていて……なので、何かあったのではと考えていたのですが」
「……そういえば、帰り道で少し変な事があったよ」
「変な事、ですか?」
「うん、俺、皆さんの話を聞いた後、ロドとアルバの事も気になっちゃって。それで帰り道で、アルバはロドとはどんな感じの番同士なの? って聞いたんだ。そしたら、最初はちょっと考えてる風の表情だったんだけど、だんだん怒ったような顔になって……で、アルバが「今日帰ったら、とりあえずあいつの股間を蹴り上げようと思います」って答えたんだけど……」
……なんじゃそりゃ。
カナデ様のお話を聞いても、どこに怒る要素があったのか、さっぱりなんだが。
「……ねえロド、アルバの様子がおかしいって、どんな感じに?」
「はい、何かあったのかと聞いても「なんでもない」と言いますし、その割には、どことなく不満そうにしていますし……その、夜のコトもその日からさせてくれなくて」
「……それって……もしかして、拗ねてるとか?」
「拗ねて……? いえ、ですが、それならなぜ拗ねているのかが、分からないんです」
「うーん……あの日は、俺がアルバに質問するまでは、特に変わった様子はなかったし……まさか、それが良くなかったのかな」
カナデ様は、少し困った様子で話されるが……しかし、俺とアルバが、どのような番同士であるかと尋ねられただけだ。
そこに怒ったり拗ねたりする事なんてあるのか……?
「えーと、ロド、多分なんだけど……アルバは俺にそう聞かれた事で、自分たちの番の在り方を、改めて考えたのかもしれないよ。その中で、アルバにとっては腑に落ちない何かがあったんじゃないかな」
「番の在り方……ですか」
「それに、あの時は皆さんからいろんな話を聞いた後だったし……番としての事情をいろいろ聞いた事が影響して、アルバにもロドに思う事が出てきちゃったのかも」
カナデ様にそう言われて、改めてあいつとの事を思い出してみる。
俺とアルバは火竜同士の番だから、些細な事で喧嘩したり殴り合いもするけど、少し時間が経てば互いにケロッとしている。
もちろんじゃれ合ったり、愛し合う時だって遠慮なしだし、いつも本音で語り合ったりしているものだったが……。
「ロド、一度アルバと、ちゃんと話をしてみたらどうかな? 俺の言ってる事は、そうかもしれないっていう予想でしかないし……それに、当人同士できちんと向き合うのって、難しいけど大事な事でもあると思うから」
「そうですね……すみません、俺たちの事でカナデ様にもご迷惑をおかけしてしまって……」
「ううん、こっちこそごめんね。俺がアルバにあんなこと聞いちゃったのが、原因かもしれないから」
「いえ、そんな……」
そう話していたら、イグニ様とアルバが食堂に入ってきた。
アルバは若干、不貞腐れているように見えるし、イグニ様も呆れたような表情をしている……アルバの奴、イグニ様に何か言われたんだろうか。
その後タイミングよくロージェンが料理を運んできて、そのまま昼食の後にいつも通りの午後が過ぎ、仕事を終えた俺たちも宮内にある自分たちの部屋へと戻った。
「おい、アルバ」
「……なんだよ」
「お前、イグニ様になんか言われたのか?」
「……怒られた」
「は?」
「だって!! ロドが俺に対して遠慮もしないし優しくないって言ったら、それをそのままロドに伝えろって!! 色恋沙汰では九分九厘ポンコツになる火竜が、何も言われずに察するなんて器用な真似ができるかって!! いつも感情丸出しストレートのくせに、変なところで意地を張るなって!! これだから火竜ってやつは!!」
「お前も火竜だろ」
ポコポコと怒っていたアルバは、俺の一言にはさすがに反論できなかったのか、むぐぐと膨れた。
……いや、というか今の言葉からするに……。
「……アルバお前、俺に遠慮とか優しくしてほしかったのかよ?」
「……だって……ロドはいつも、がっついてくるだけじゃん」
「まあそうだけど……お前だって嫌じゃねーんだろ?」
「嫌じゃないけど!! 俺が後で苦労してる事も考えろっての!! 終わった後はいろいろ大変なんだからな!!」
アルバの言いたい事は分かった。
そりゃ、下になるやつの方が体の負担が大きいわけだし、中にいれたモノをそのままにしておくわけにはいかないしな。
「……じゃあ、次から俺も処理を手伝うか」
「って、なんでだよ!!」
「いや、大変なんだろ? 俺もやり方が分からんってわけじゃねーし」
「ばっ……そんなん恥ずいだろーが!! って、ちがう!! そうじゃなくて!!」
ぷんすか、という擬音でも出ているかのように怒るアルバを見て、悪いが超可愛いと思ってしまった。
そんなアルバを一旦落ち着かせようと、ゆっくり頭を撫でてやると、ふくれっ面のままではあるが一応静かにはなったな。
そして今度は小さく口を開いて、ややぶっきらぼうに話しだす。
「……がっつかれるばっかじゃ、嫌なんだよ」
「ああ」
「俺の体の事、少しは気を使ってくれよ」
「うん」
「……俺の事、ちゃんと大事にしろよぉ……」
ついにぐずぐずと泣き出してしまったアルバを抱きしめて、今までの自分の行動を反省した。
火竜同士で特に気を遣う必要が無かったからって、俺たちの間にだって礼儀や思いやりは必要なものだ。
今回、他の番様方のお話を聞いた事で、アルバの中で無意識のうちに積もっていった不満が爆発したのかもしれない。
「……っでも、いきなり蹴っちまって……ごめん……」
「いいよ」
「……ここんとこ、酷い態度だったのも……ごめん……」
「気にしてない。……俺こそお前の事考えてやれなくて……ごめんな」
「……うん……」
泣きながらも俺にくっついてるアルバを撫でていると、少し遠慮がちに、俺に尻尾を絡めてきた。
これはアルバがよく使う、夜のお誘いのサインだ。
そして、返事がわりにアルバの首筋にキスを落とすのが、俺の了承のサイン。
夜もすっかり更けた頃。
いつものような激しさは無いが、その代わりにゆっくりと丁寧に愛を受け与えるその日の行為は、まるで砂糖菓子のように甘く幸せだった。