《アルバ視点》




 少しばかりの曇り空もなんのその、と言わんばかりに会話に花が咲いているのは、四竜王様の番様たち。
 普段ならば集まりのある時は、それぞれの竜王様も当たり前のように同席するのだが……今回は番様方だけで、という理由があるのだ。
 ……その理由というのが、ある意味俺のせいでもあるのだが。

 俺はカナデ様の専属従者として、様々な竜人の習わしをお伝えしなければならない。
 特に、婚儀や初夜の事などは、カナデ様にとっては人生を左右する問題だ。
 今のイグニ様の様子だと、まだ先の事にはなりそうではあるが、それでも早めに心の準備をして頂いた方が、心身ともに余裕があるというものだろう。
 なので、相手からこうされたらその合図ですよ、と、婚儀の前に竜人が起こす行動や、儀式で行う内容などを具体的に説明したのだ。

 まずイグニ様からカナデ様へと、赤と黒の色が混ざったマーブル模様の鱗を渡され、「自分を受け入れてほしい」と言われたら、婚儀を受けるか否かを決める合図だ。
 王を象徴する色の黒と、火竜の象徴である赤の色が混ざった鱗は、イグニ様の体に一枚しか存在しないという代物。
 その鱗には、他の鱗以上に強い火竜王の力が宿っており、触れる事ができるのはイグニ様自身と番様であるカナデ様のみだ。
 それを受け取る事で婚儀を行うことを承諾する、という意味になるのだが、もちろん心の準備ができていないのならば、受け取る事を拒否する事も出来る。
 他の竜人たちが番を迎える時も同じで、それぞれの竜人の体に一枚しかない強い鱗を番に差し出すのだが……受け取ってもらえるかどうかは相手次第だし、一度目は拒否される、といった話も珍しいものではない。
 なので受け取ってもらえるまでは、一度剥がした鱗を自分で管理せねばならないという、寂しくも切ない日々が続くものだそうだ。

 次に、婚儀をするとなったら、中枢の「始まりの地」で儀式を行う事となる。
 番様がもらった鱗は、始まりの地の特別な魔力を受ける事で、液状へと変化するのだ。
 その液体になった鱗を飲み干す事で、番となる人々の体質や寿命は竜人に合わせたものへと変化する。
 そして、その鱗を飲むという行為自体が、体を許す事を承諾した、という意味も持ち合わせているのだ。

 これらの事を先日カナデ様に説明したのだが、具体的な事が分かって少し不安になってしまわれたのか、経験者である他の番様方のお話を聞きたいと仰られて、この場を設けて頂いたというわけだ。
 ちなみに竜王様方もついてくる気満々だったのだが……竜王様が居ては言いにくい事もあるだろうからと、それぞれの番様方が気を遣ってくださったのだろう、今はそれぞれの宮で留守番状態になっている。
 イグニ様も我々が宮を出る前に、ロドが正論と踏ん張りとハリセンアタックで止めてくれたからな。
 そして現在、番様方の話題はそれぞれの婚儀の時の話になっているのだが……。

「今だから言えるが……あの鱗を飲むのには、かなり抵抗があったな」
「やっぱグラノさん、その時でも絆されなかった感じ?」
「それもあると言えばあるが……純粋に、不味そうだった」
「ああ……」

 予想外の言葉を言っているのはグラノ様で、それに納得してしまったのはフォトー様だ。
 人族であるグラノ様には、いろんな意味での抵抗があっただろうとは思っていたが、不味そうだったという話は初耳だな。

「俺の時は、黒と黄色の混ざった謎の液体状態だったからな……」
「たしかに食欲はわかねーかも……俺の時は黒と緑だったから、すごい色した青汁だと思って、なんとか飲んだ!! ウォルカさんは?」
「私の時は、黒と青でしたから……色が濃いだけの水だ、と自分に言い聞かせて飲みましたね」

 まさかこの場で、黒という色が混ざった事による弊害を知る事になるとは。
 番が竜人同士だった俺の場合、体質云々はそう変わらないものだが、形式上としてロドの鱗を飲んだ。
 だが、竜王様以外の竜人の唯一の鱗は、それぞれの色が濃いだけだ……火竜の場合は濃い赤というだけだから、トマトジュースくらいの感覚でしかなかったな。

「あの……実際の味って、どんな風でしたか?」

 皆様の話を聞いて、そのものの味が気になってしまったのだろうカナデ様が、少し不安そうに質問をする。

「味は……見た目に反して、特に感じなかったかな」
「臭いとかもしなかったぞー」
「いわゆる、無味無臭というものですね」
「まー、カナデの場合は黒と赤だから……うーん……ちょっとかなりすごく熟しすぎた、イチゴジュースだと思って飲めばいけるって!!」

 安心できるような出来ないようなフォトー様の助言に、カナデ様は少し困りつつ笑っていた。
 そしてその流れで、話は夜の営みについてに変わっていく……最初に語るのはグラノ様だ。

「俺は初夜の前に、条件を出したよ」
「条件ですか?」
「ああ、竜王様が不安定になるのは、行為から三か月以上経った頃に起こり始めると聞いてね。だから行為は三か月に一回、内容も普通の事しかしない、それが守られないなら絶縁すると言ってね」
「じゃあ地竜王様は、その条件をのんでグラノさんを迎えたんですね」
「かなり渋々ではあったようだけどね。俺が元々、同性同士の恋愛や結婚が異端とされている国で生まれ育っていたから、当時は今以上に抵抗があったんだよ」

 苦笑いで話すグラノ様だが、「今以上に」という言葉が出てくるという事は、逆に言えば今は昔より抵抗が無い、という事だろう。
 もしガイム様がこの場に居たら、嬉しさで悶え苦しんでていそうだな。
 そんな事を考えていたら、次はウォルカ様が当時のお話を始める。

「私もグラノさんと同じような風習の国の出ですから、抵抗はありましたが……ヴィダ様が命の恩人だった事もあって、義務は果たさねばと思いお相手していましたね」
「ウォルカさんは、条件みたいなものは出さなかったんですか?」
「ええ。ですが、ヴィダ様は私が義務的に体を許していると分かっていたようで、情熱的に盛り上がる、という事はありませんでしたね」

 そう、それが後に四竜宮で語り継がれる、「それはそれできつい事件」だ。
 確かにウォルカ様は、ヴィダ様の望む時に夜の営みをしてくださるし、嫌がったり拒む事はない。
 だが、肝心の愛情がヴィダ様からの一方通行で、ウォルカ様はそれに応えてくださっているのかが、はっきり分からないのだ。

「私達はともかく、フォトー君はそういう事があったというイメージがありませんが……」
「んー、でも一回だけありましたよ?」

 ウォルカ様の言葉に、フォトー様は意外な返答をした。
 獣人であり番の感覚があるフォトー様は、エアラ様を喜んで受け入れるし、互いの愛情も惜しみなく受け与えている。
 なので自他ともに認めるラブラブっぷりは、四竜宮どころかロンザバルエ全体で有名なものだ。

「たしかに俺は獣人だし番の感覚も分かるから、エアラ様に対して抵抗は無かったけど……種族が違う弊害っていうのかな。いつも俺の方が先に、体の限界が来ちまうんだ」
「そういう時は、どうしてるんですか?」
「もう無理って言えば、いつもは止めてくれるんだけど……一回だけ、エアラ様が全然止めてくれない事があってさ。さすがにこれ以上はヤバいって自分でも思ったから、首筋に噛みついた」

 いつも子猫のようにエアラ様に懐いているフォトー様が、拒否を示したことがあったなんて、驚きだ。
 番様方や他の従者たちも同じように思ったのだろう、驚いた表情になっている。
 フォトー様の従者であるサーザだけは、当時の事を知っているようで苦笑いをしていたが。

「んで、いろんな意味で限界だったから、頭ン中もぐちゃぐちゃになってさ。泣きながらエアラ様に「ひどい、嫌い」って言っちまって……それから数日くらい、エアラ様が微動だにしない屍になってた」
「そ、そんな事があったんですね……」
「その後ちゃんと仲直りはしたけどな。それからは無理って言えばちゃんと止めてくれるようになったし、俺もエアラ様に喜んでほしくて限界まで無理するって事は止めたから、結果的には良かったと思う」

 それぞれの事情を聞き終わったカナデ様は、納得しつつもどこか不安は残っている、という感じだった。
 そんなカナデ様に気を遣ってきださったのだろう、番様方がアドバイスをくださる。

「もし番う自信が無いのなら、出来そうな範囲を決めて、それ以上はしないと約束してもらうのも手だよ」
「私が言うのもなんですが、されるがままというのは、心身ともに良くありませんからね」
「それでもがっついてくるなら、カナデも噛みついちまえばいいぞ!!」
「どうしても無理、という時は我々のところに避難してくれても構わないし……いや、カナデ君には、すでにもっと安全な場所があったね」
「ああ、父君の元ならば、間違いはないですね」
「そっか、さすがのイグニ様でも、カナデのとーちゃんには頭が上がらないもんな!!」

 番様方はカナデ様を励ましつつも、さりげなくイグニ様にとって痛いところをついている。
 カナデ様の父君であるアカツキ様は、イグニ様にとっては義父となる方だし、ロージェンの番でもあるから、いずれは竜人と同じ寿命にもなるだろう。
 今までの様子を見た限りだと、カナデ様が最も信頼している方でもあるし、カナデ様を大事にされている事も分かるし、加えて竜王様に対して物怖じもしない堂々とした方だから、ある意味ではイグニ様にとっては一番恐ろしい相手なのかもしれない。
 それに、あの方からは普通の人間と違うなにかを感じるし……まあ、それは今は置いておくか。

「はい……師匠や皆とも話し合って、これからの事を考えてみようと思います。色々と教えてくださって、ありがとうございました」

 少し安心したように笑いながらお礼を言うカナデ様を見て、番様方も笑顔を返す。
 そんな和やかな雰囲気のまま話し合いは終わり、それぞれの宮へと戻っていく帰り道で、カナデ様は俺に質問をされた。

「アルバは、ロドとはどんな感じの番同士なの?」
「俺たちですか? そうですね……」

 聞かれて思い出してみるけれど……なんか、いつもがっつかれてる記憶しかないんだが。
 いや、俺としても嫌ではないむしろノリノリではあるし、同じ火竜で体力も同等だから、フォトー様のような弊害だって無いんだけど……。
 いやでも、あいつも少しくらい、俺に優しくするなり遠慮するなりしたっていいんじゃねーの!?
 お前は上だからいいだろうけど、下になる俺は毎度毎度、処理はしないとだわ体はだるいわ腹と腰は痛いわで大変だってのに!!
 そりゃ竜人だから、体調なんてすぐにケロッと治ってるけどよ!! それで済む問題なのかこれ!?
 いや、俺はもっと文句を言っていいはずだ!! ていうか、考えてたらだんだん腹立ってきた!!

「……今日帰ったら、とりあえずあいつの股間を蹴り上げようと思います」
「なんで!?」

 俺の見当違いの返答で、カナデ様を驚かせてしまった事は申し訳ないが…。
 でも、一度腹がたったら決着がつくまで収まらない、火の手の如く迅速対応、それが火竜というものだ。
 カナデ様が火竜宮に戻られたと同時に、イグニ様の横では、俺に不意打ちされたロドの悲痛な叫びが上がったのは言うまでもない。