あれから何日かが過ぎ、だいぶ体が動かせるようになった。
 左腕だけはまだぎこちないが、もう固定はしなくても大丈夫だ。

 俺にとってはそれ以上に、ここでの生活がきつかった。
 怪我のせいで自由に動き回れないのはもちろんだが、火竜王様が何かにつけて俺を甘やかしてくるのだ。
 右手は動かせるのに、食事は必ず食べさせてくる。
 用を足しに行く時も、お姫様抱っこで連れて行かれる。
 少しの寒さで震えれば、全身を使って暑いくらいに温めてくる。
 そもそも、俺から離れる事が全然ない。仕事とかどうしてんだこの人。

 しかも、俺に手を出したあの竜人の兵士二人の処分を、どうしたいかと俺に聞いてくるし……。
 確かにあの時は生死をさ迷ったし腹の中が飛び散るかと思ったけど、勘違いであったことは分かったし、結果的には生きてて治療もしてもらってるんだから、過去の事は水に流してもいいと思っている。
 それにすでに罰を受けたのか傷だらけだった事と、赤い鱗が真っ青になってるのはさすがに不憫だったから、お咎め無しにした。
 後から聞いたのだが、四竜王の番様に暴力を振るった者や性的暴行を加えた者は、本人と一族全員が一番辛い方法の公開処刑にされるのだという。
 そのせいだと思うが、竜人兵たちからは鼻まで垂らして泣いて感謝され、永遠の忠誠を誓われてしまった。

 俺は正直、今までの事例が何百年も前だったから、具体的な事までは分からなかったってだけで許したんだけど……。
 その時は確か、水竜王様の番様が幼少期から虐待を受けていた事が分かって、その一族を全員処したのだと言われている。
 一族の中には竜人もいたという話が残ってるから、長い時間を生きる竜人兵たちは、当時どんな事が行われたか知ってるんだろう。
 それが勘違いとはいえ、自分と一族が同じ目に合わされるかと思うと、赤い鱗も青くなる、といったところだろうか。

「カナデ様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう、アルバ」

 このアルバという竜人兵は、例の俺に忠誠を誓った竜人兵の一人で、俺の腕を折った張本人だ。
 彼も火竜王様と同じ赤い髪と赤い目だが、それは火竜の竜人特有のものらしく、火竜王様の部下もほとんどが赤い髪で赤い目をしている。
 なので区別は顔つきと体つき……と言っても、竜人であり兵である彼らの体格はガッシリ系の人ばかりで、髪型も似た人が多いから、今のところは顔で覚えるしか方法がない。
 幸い、アルバは比較的に童顔らしく、髪も少し長くして後ろで束ねているので、他の竜人よりは覚えやすい。

 それに、俺も暇な時間が続くと故郷の味が懐かしくなって、この都市で緑茶は手に入るかと聞いたのだが、なんと彼は一晩でミヅキの国まで飛んでくれたのだ。
 ついでに団子や饅頭も買ってきてくれた……緑茶と甘味のこの組み合わせは、やはりヤバい。

 そして今日はどうしても外せない会議だから、火竜王様は俺の傍にはいない。
 世話を焼かれるのがそこまで好きではない俺にとってのこの静かな時間は、なんだか久しぶりに落ち着いた気分になる。

「あの……カナデ様」
「なに?」
「先日の件……本当に、申し訳ありませんでした」
「え、もういいって……誤解だったんだし」
「いいえ!! この先毎日、平伏して謝罪しても足りないくらいのご慈悲を、我々は頂いたのです!!」

 このアルバともう一人も、ずっとこの調子なのだ。
 だからといって、この先毎日毎日、二人に代わる代わる謝られるんじゃ、さすがに俺も困る。

「んー、じゃあ、俺のお願いを聞いてくれる?」
「何なりと」
「もう謝らないで。ずっとこのままじゃ、俺も困るからさ」
「カナデ様……」

 俺は正直な意見を言っただけだが、アルバは何故か目に涙をためて感動している様子だ。
 でも、分かってはくれたみたいだし、後でもう一人の方にも言わないとな。
 やれやれ、と肩をすくめ、アルバが淹れてくれた緑茶に口を付ける。
 しかしこの静かな時間は、息を切らしながら帰ってきた火竜王様によって終わりを告げるのであった。