温かく、手触りのいい感触がする。
 まだ重すぎる瞼をゆっくり開けると、見た事のないくらい豪華な天井が目に入ってきた。
 ああ、そういえば、俺は死んだんだった……じゃあここは、極楽か?

 それにしては体が重い、というか痛い。
 死んだら魂だけになると思ってたけど、感覚って残るものなのか?
 この状況が上手く理解できないまま、生死についてぼんやりと考える。
 そして何気なく右側を見ると、俯く火竜王様の姿が……。

「!!……つ……っう……」

 俺は驚いて反射的に体を動かし、そのせいで全身に強い痛みが走った。
 普段の俺なら「いでででで!」と叫ぶところだが、残念ながらそんな元気も無いし、何より喉がガラガラで声が出ない。

「大丈夫か!? まだ動いてはいけない、ゆっくり寝ていなさい」

 火竜王様は突然目を覚ました俺に驚いたようだが、すぐに優しく声をかけてくる。
 燃えるように赤い髪と目、はっきりとした目鼻立ちとがっしりとした体格は男らしいという印象を受けるけれど、その表情は今にも泣きだしそうだ。
 あれ、でも俺って、この人に殺されたんじゃなかったっけ。

「すまない、部下が勘違いをしたから……いや、その要因は俺にもある。君を傷つける為に、俺の宮に呼んだわけではないんだ。しかし、こんな事になってしまって……本当に、すまなかった」 

 そう言って、火竜王様は頭を下げたが……なんというか、いろいろと意味が分からない。
 とりあえず、俺は罪人ではなく何かの手違いであった、そのわびに治療をしてくれた、というのが現状だろうか?
 そうは言っても、俺、一回死にかけてるんですけど。
 竜人にとっては軽めのパンチでも、人間が受けたら内臓吐き出すぐらいヤバいって事、忘れてないか?

「イグニ様、そろそろ替えの包帯を……おや、番様がお目覚めになりましたか?」

 医療用の道具を持って入ってきたのは、おそらく初老の竜人……それでも俺より大きい人だけど。
 ……いやまて、今この人なんて言った? 俺の耳がおかしくなければ、番様って言ったよな?
 それは誰の事……周りには俺と火竜王様以外、誰も居ない……つまりは……俺!?

「フラム、引き続き治療を頼む。まだ上手く声が出せないようだ」
「かしこまりました」

 フラムと呼ばれた竜人は、俺に近づいて左腕の包帯を取り換え、他の傷や喉の様子も診てくれる。
 折られた左腕は、先を丸めて布を巻きつけた木と幅のある包帯で、丁寧に固定されていた。

「左腕の骨折は、治るまでしばらくかかりそうですね。喉もだいぶ荒れているようなので、飲み薬をお出ししましょう」

 これだけちゃんとした治療をしてくれるのはありがたいが、やっぱり腑に落ちない。
 あの部下の乱暴さもだが、それ以上に、俺が火竜王様の番だという事だ。
 番というものは竜人族には本能的に分かる感覚らしいが、人間である俺にはさっぱりだ。

 そもそも、俺は冒険者を生業にした根無し草の旅人で、どこかに定住する気なんて全く無かった。
 せっかく美味い酒の産地や海の観光地、温泉街とかに行くの、楽しみにしてたのに。
 四竜王の番になってしまったら、二度と旅が出来なくなる……この帝国に住むなんて、きっと無理だ。

 俺なんかが番なんて、きっと何かの間違いだ……動けるようになったら、早めに出ていこう。