世界中の環境に大きく影響を与える存在であり、様々な魔法の力の源でもある精霊。
 その精霊たちの親のような存在であり、癒し手でもあるのが大樹。
 そしてその大樹を浄化する能力を持っているのが、守り人の系譜。
 なので必然的に、精霊たちは守り人の味方になってくれるという循環が生まれる。
 大樹の存在する聖域である守り人の村では、彼らと精霊たちが平和に仲良く暮らしているのだ。

 だから父様と仲良しのメルもだが、元々この国に居た精霊たちも、守り人である僕たちの力になってくれた。
 このエルメトリの領地が他の領地より豊かだったのも、精霊たちの恩恵のおかげだ。
 もちろん、父様が僕の為に領地経営を頑張ってくれていたからでもある。

 父様は、いずれ僕がこの領地を継ぐのなら、こんないい加減な状態では渡せないと、色々と手を尽くしてくれた。
 あのバカちん王太子との婚約も、頃合いを見て解消してくれると言っていたのだ。
 それに、父様の仕事の横取りをする公爵も大概だが、あれだけ奴が遊び回っている姿を見ているのに、仕事をしているのは公爵で、父様は遊んで暮らしていると思い込んでいる、この地の領民たちも相当おかしい。
 領地を豊かにしてくれている精霊たちに対してだって、感謝の気持ちが少しもない。
 だから今回の騒動は、僕たちにとって寝耳に水であると同時に、棚からぼたもち……寝耳にぼたもち?
 ともかく、全員がこの国から縁切りできるチャンスになったわけだ。

 僕たちの系譜を知っている陛下は僕たちに強く言えないはず。
 何せ守り人を害した大国の王が国ごと滅んだ、という歴史が存在するのだから。

 二百年前、サウドという国の王は世界に君臨するために、聖域であり手出し禁止と言われてきた守り人の村を侵略した。
 捕らえた守り人たちを奴隷にし、過酷な労働や無慈悲な性交を見せしめのように強要する……それが原因で、連れ去られた守り人のほとんどは命を落としてしまった。
 その惨状に世界中の精霊たちが激怒し、ついに大樹が滅びの許可を出す。
 精霊たちは、守り人たちが苦しめられたのと同じように、サウド中の人間を徐々に腐らせた。
 しかし、腐ると言っても身体機能を完全に失わせず、意識も死ぬまで明確なままでいさせて……決して楽には死なせなかったのだ。
 守り人たちの惨状と、その後のサウド人の惨状は、各国への牽制として世界中に伝えられた。
 その生々しくも凄惨な記録は、一度見たら忘れる事などできないだろう。

 精霊たちは、再び守り人に手を出したら許さない、と宣言すると同時に、生き残ったわずかな守り人たちをいっそう愛するようになった。
 だからどの国でも、精霊の報復を恐れて守り人を丁重に扱う。
 父様がこんな事になっているのは、守り人である事を伏せていたからだ。
 ……いや、守り人でなかったとしても、非人道的な事ではあるけれど。
 ただ、陛下には伝えていたようだし、本当に最悪の場合は、この系譜を切り札にするつもりだったのだろう。

 父様は外の世界に憧れて、大事にならないようにと系譜を伏せた状態で、旅行としてメルと村を出たのだけれど、その間に色々な事に巻き込まれて今に至ると言っていた。
 一番の問題は、結婚詐欺師に騙されてしまった事だろう。
 父様は自称貴族のそいつと恋に落ち、領地が落ち着いたら父様の家に婿入りすると嘘ぶって、必要のない領地経営を詰め込まされたそうだ。
 父様も守り人である事が領地の経営に影響が出ないようにする為、落ちついた後に自分の素性を明かすつもりだったという。
 しかしそいつは公爵の手の者で、早く子供が欲しいと言って父様を急かし、夫婦が子どもを作るために必要な「産繭の儀」で、自分の血ではなく公爵の血を入れて、僕を産ませて父様をこの国に縛り付けた。
 本来の産繭の儀は、愛し合った夫婦が産繭という赤ちゃんの元となるものに互いの血を入れて、そこから二人の血を受け継いだ子どもが形を成し始める。
 両親に抱かれることで親の魔力を栄養としてもらいながら成長、やがて赤ちゃんになって繭から出てくるのだ。
 だけど、父様はそいつに騙されて、顔も知らない公爵との子どもを……時期公爵となる子どもを作ってしまった。
 そのせいで……僕のせいで、父様は故郷に帰れなくなってしまったのだ。

 しかし父様も負けん気が強く、それならばと陛下に自分の素性を明かし、僕がいつ公爵領を継いでもいいようにと動いてくれたのだ。
 僕は公爵の血はもう継いでいない。
 産繭の儀の後も、赤ちゃんは両親から魔力をもらう事で二人の子どもとなる……逆に言えば、繭の間に片親だけが触れ続けた場合、触れなかった方の親の血と魔力は消えてしまうのだ。
 だから、僕に流れるのは父様の血だけ、僕に会いにも来なかったあの公爵の血も魔力も、僕には残っていないというわけ。
 でも、実質仕事をしていたのは父様だからと、僕が成人した時に公爵を失脚させるつもりだったようだ。
 だけどバカちんに国外追放を言い渡された今となっては、その必要もなくなった。

 だから、国を出られて嬉しい反面、今まで頑張ってくれていた父様には申し訳ないという気持ちもある。
 最初は旅行程度の気持ちだったのだから、きっと故郷には帰りたかったのだろう。
 それなのに僕のせいでこんなに苦労をさせてしまって……そして今もまた、僕のせいで国を出なければならなくなったんだ。
 父様のこの国での頑張りを、全部僕が水の泡にしてしまったのだと改めて感じ、浮かれていた事が恥ずかしくなった。
 なんだか居たたまれなくなって、少し俯いた後に父様の方を見ると……。

「よし、さっそく荷造りだ!!」
「ボクのクッションも忘れないでねー」

 領地の書類などほったらかしで、メルと一緒にウキウキ気分で旅支度を始めている。
 この切り替えの早さは、さすが父様だ。


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