一連の出来事に、会場内は静まり返った。
 そりゃ、跪くと思っていた騎士が王太子を殴り飛ばしたんだから、一同絶句にもなるだろうけど。

「シエル、大丈夫か?」

 ヴァニスは吹き飛んだ王太子の事など目もくれず、まっすぐ僕の方に歩いてくる。
 少し心配そうな表情になっているのは、僕がこの騒動で傷ついたと思ってくれているからだろうか。
 ……僕としては、全く何とも思ってないどころか、これは正式にバカちんと縁切りする大チャンスだひゃっほーい!! くらいに思ってるけど。

「うん、僕は大丈夫だよ」
「そっか」

 そう言うとヴァニスは優しい笑顔になって、僕に寄り添うように隣に立ってくれる。

「き、貴様ぁ!! どういうつもりだ!!」
「どうもこうもねぇよ、俺は初めからシエルの騎士だ。誰がお前みたいなクソ王子に跪くかってんだ、バーカ!!」

 言い方は子どものケンカっぽいけど、ヴァニスははっきりと、僕の味方になると宣言してくれる。
 僕は国外追放上等だったけど、この状況でヴァニスが国や地位より僕を選んでくれた……その事実が素直に嬉しい。

「なんだと!? そいつに味方すれば、国外追放だぞ!!」
「上等じゃねーか、俺は騎士の風上にも置けねぇ親父共も兄貴も大っ嫌いだったし、お前みたいなのが次期国王じゃ、この国は泥船どころか沈没船だ。それに、俺の居場所はシエルの隣だ。シエルが国を出るなら、俺も出てくに決まってんだろ」

 沈没船とは、ヴァニスも上手い事を言うな。
 それに、ヴァニスが家族の事を嫌っていたのは知っていた。
 彼らは三人とも王太子の取り巻きのイエスマンで、奴がやらかしても咎めるどころか称賛して甘やかし、自分たちの地位を維持できればいいという思考の持ち主だった。
 騎士道精神のかけらも無い彼らは、ヴァニスにとっては反面教師となったのだろう。
 それに小さい頃から家で孤立したり、放置される事が多かったって言ってたし……。
 ここ最近では自分の家に帰るより、僕の家や学園に居る事の方が多かったくらいだ。

「シエル、行こうぜ。もうこんな所に用はないだろ?」
「うん」

 ヴァニスは僕の手を取り、会場の出口へと歩き出す。
 会場からは、まだ僕たちを咎めるような声が聞こえていたが、どうせ追ってくる度胸も無いだろうと、そのままスルーした。
 外に出て、さっそく隣国に向かいたい気持ちはあるけれど、その前にやらなければならない事がある。

「ヴァニス、うちに寄って行かなきゃ」
「ああ、シャルムさんとメルだな」

 シャルム、というのは僕の父様の名前で、メルは父様と仲良しのモフモフなヒツジの精霊だ。
 二人にも今回の事を話して、一緒にこの国を出なくちゃ。
 エルメトリの公爵領は王都に隣接していて、地理的にも歩いて学園に通えるくらいの距離だから、急がないとバカちんの手の者が父様の所に向かうかもしれない。
 僕たちは追手がまだ出ていない事を確認し、家に向かって足を速めた。


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