父様の一言に、陛下はさっき以上に青くなって、若干震えている。
 妃殿下も悲劇的によろめいているが、バカちん王太子の教育を間違えたのも、知った上で軌道修正しなかったのも自分たちだし、自業自得だからね?

「待ってくれ、それは困る。愚息には再教育をする、だから……」
「そのセリフは聞き飽きましたけど」

 陛下は縋るように言うが、父様は完全に呆れ顔だ。
 これはおそらく僕の知らない所で、父様も何度か王家に苦情を入れてくれていたようだ。

「父上!! なぜあのような者どもに下手に出るのです!! あんな下賤の者ども、追い出してしまえばいいではないですか!!」
「黙れ馬鹿者!! シャルム殿とシエル殿がどのような存在か、お前には言っておいただろう!!」

 うーん、これはバカちんが話を聞いていなかった、に一票かな。
 僕たちの家に騎士団長を寄こしたのも、陛下に大目玉をくらったから、意味が分からないけどこれ以上怒られる前に拘束しとこう、とでも思ったんだろう。

「どういう意味です!? ただの平民出の親とその子どもというだけでしょう! それに公爵家の跡取りは、アシラスにすると……」

 アシラスというのは公爵の愛人の子であるが、公爵の実の息子ではなく、愛人の連れ子だ。
 別の相手と愛人の子だから平民なのだが、父様の血だけしか残っていない僕も公爵の息子とは言い難いわけだし、立場としてはどっこいどっこいだろう。
 だけど産繭の儀で公爵の血を入れたわけだから、後継者という意味では僕の方が優先される。
 それなのに跡取りをアシラスにするという事は、少なくとも公爵は僕たちを追い出す算段だったかもしれない。
 僕を王太子に嫁がせてから頃合いを見て父様とメルを追い出し、都合のいい愛人と息子を傍に置いたまま、王家との繋がりを手に入れる……そんなところだろう。

 ただバカちん王太子は、僕が正妃になるのが気にくわないようだ。
 公爵令息と言えども、半分平民でありながら王太子の婚約者になったのに、自分を立てるどころかほとんど放置だし可愛げもない。
 加えて秘剣の能力者であるヴァニスと仲が良く、自分より成績がいい僕の事を疎ましく思ったんだろう。
 それなら心を入れ替えて人に誠実に接するなり、努力して僕を上回るなりすればよかったのに。
 僕だって、バカちんがもっと常識的で誠実な人柄だったなら、そのように接するし力にもなった事だろう。
 だけどあのお馬鹿さん加減で、改心の見込みもないんじゃねえ……。
 
「親子喧嘩は後でしてくれます? ともかく、俺たちがこの国に留まる理由は無くなったんで」
「ま、待ってくれ!! 分かった、婚約の方は白紙にする。それならば公爵家の跡継ぎを、正式にシエル殿に……」
「公爵家の跡継ぎはアシラスにする、とそっちの方から聞こえましたけど?」

 怒りを通り越して呆れている父様に、陛下はなおも食い下がる。
 僕たちの素性を知っている陛下としては、なんとかして僕たちを自国に留めておきたいのだろう。

「陛下!! 我が家の跡継ぎならばアシラスがおります!!」
「そうです! このような不敬の者共、早々に処せばよいではないですか!!」

 僕たちの後ろで、公爵と騎士団長が喚いている。
 しかし陛下に怒りの形相で睨まれ、一瞬躊躇するもすぐに黙った。

「父上! 何故あんな奴らにこだわるのですか!」
「……お前は私の話を聞いていなかったのか? シエル殿を大事にするようにと、あれだけ言ってきたというのに……」
「だから何故ですか!!」
「シエル殿との婚約が決まった後に、説明しただろう。やはり聞いていなかったか、それともこんな大事な事を忘れたというのか……」

 バカちんに呆れた陛下は、盛大な溜息を吐いた。
 そして頭を抱えながらも顔を上げ、疲れたように言葉を続ける。

「シャルム殿は大樹の守り人の系譜だ。もちろん、その息子であるシエル殿もな」
「……も、守り人……?」

 王太子だけでなく、公爵や騎士団長も、王宮の貴族や来賓たち、野次馬たちまで絶句していた。
 父様は僕たちの事を王族にだけ明かしたと言っていたから、その反応は正しいだろう。
 おかしいのは聞いていたはずなのに、今更驚くバカちん王太子だけだな。


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