《とある商人視点》





 様々な文化の混ざりあうロンザバルエでは、飲食店も多種多様だ。
 その中の一つ、酒と肉料理が美味い老舗の酒場には、仕事を終えた竜人たちが毎晩のように集まっている。
 彼らの話に聞き耳を立て、四竜宮の情報を手に入れるのも、俺の仕事の一つだ。
 ……とは言っても、犯罪行為をする為ではない。
 商人の家系の生まれでロンザバルエの支店を任されている俺は、商会の利益の為に情報収集を怠るわけにはいかないというだけだ。
 特に、四竜王様方と番様方は上客も上客で、彼らに商会の商品を気に入ってもらえれば、一生安泰だと決まったようなものだからな。
 むしろ、番様方の好みだったり欲しているものがそのまま流行になる事も少なくないから、些細な事でもリサーチは欠かせないというわけだ。
 しかも運が良い事に、宮で働く竜兵たちの近くのテーブルをとる事ができたから、今日は彼らの話をしっかり聞かせてもらうとしよう。

「やっぱり四竜宮で一番ガードが固いのは、カナデ様だよな」

 ガードが固い……? それは……貞操観念の意味だろうか?
 カナデ様と言えば、火竜王イグニ様の番様として宮に迎えられた方だが、それ自体もまだ去年の事だったはずだ。

「ああ、そもそも血の気の多い火竜に囲まれているんだから、あの方に手を出そうものなら、丸焼きか消し炭の二択だな」

 なんだ、警護的な意味でのガードの固さか。
 確かに竜人の中でも戦闘能力の高い火竜相手に喧嘩を売ろうものなら、ほとんどのものが負けるだろう。
 火竜たちが苦手な水の属性に長けた水竜たちが対峙すれば、勝ち目はあるかもしれないが。

「それに、他の竜王様や番様方も黙ってはいないだろう」
「特にフォトー様だな。ご自身にとって弟分にあたる番様が宮にいらっしゃった事を、本当に喜んでおられたから」
「剣術や武術に長けたグラノ様や、魔法に関しては右に出る者のないウォルカ様も、怒らせるべき相手ではないしな」
「と言うか、先にイグニ様が間違いなく激怒されるだろうし、カナデ様の専属従者のアルバも、見た目のわりにヤバいやつだぞ」
「……ああ、千五百年前の水竜干からび事件か」

 なんだその物騒な事件は。
 単語的に、火竜が水竜を干からびさせたようだが、一体何があったというんだ。

「アレのおかげで、火竜のブチ切れはヤバいとよく分かった」
「まさか一人で十人の水竜兵を、干からびたミミズ状態にするとはな……」

 なにそれ怖い。
 火竜は荒っぽいという話はよく聞くけれど、怒らせたらまさに烈火の如く燃え盛るのか。

「まあでも、あれは水竜達が悪い」
「だな。水竜達が先に、アルバの番のロドを侮辱したのだから」
「逆にヴィダ様が火竜宮に詫びに行ったぐらいだぞ」

 なるほど、自分の番が侮辱されたからブチ切れたのか。
 番関係の事で怒ったのなら、水竜王ヴィダ様が頭を下げに行ったという理由も分かる。
 竜人たちにとっての番は、何よりも大切な伴侶だというからな。

「それと、司書のノルス。あいつもカナデ様の事を気にかけているだろう?」
「ノルスは竜人のように屈強とはいかないが、あいつはとんでもなく頭が良いからな。そっち方面で敵うやつは少ないだろう」

 どうやらカナデ様の周囲は武の面だけでなく、知の面でもガードが固いようだ。
 それは確かに手強いと納得していると、ほぼ当事者である火竜が口を開く。

「確かにそうだが……俺達火竜からすると、一番怖い相手はアカツキ様だな」
「って、確かカナデ様の育ての親の?」
「でも人族なんだろ?」
「ああ。あの方はうちのシェフのロージェンの番なんだが、イグニ様の義理の父親でもあるから、必然的に火竜は全員頭が上がらないんだ。カナデ様の事もとても大切になさっているし……。それに火竜の何人かが、酒飲みと手合わせで負けてるぞ」
「……酒飲みはともかく、手合わせで負けたのか?」
「人族だからと、なめてかかったあいつらの自業自得ではあるけどな。竜人相手の戦い方を完全に理解してるから、本気でいかないと逆に吹き飛ばされるぞ」

 なにその人怖い。
 ……いや、ちょっと待て、竜人たちの話をまとめると……。
 常時でもカナデ様の傍には、火竜の王で説明不要の強さを持つイグニ様に、いざという時は複数の水竜さえも干してしまう専属従者、さらに同等の火竜たちが何十人、加えて竜人に手合わせで勝てるレベルの父親に、カナデ様を弟分として可愛がっている、元軍人と魔法使いと狩り獣人の番様方、その伴侶の竜王様方に、頭脳戦に強い司書もいる。
 それにカナデ様自身も元々は冒険者で、そのとんでもない父親に戦い方を習っているはずだから……。
 ……うん、カナデ様に手を出そうものなら即死だわ。
 むしろまず、消し炭になる覚悟から始めないといけないなコレ。

 その後、流れで四竜それぞれを攻略するにはどうするか、という戦略的な話を始めた竜人たちの話を聞きつつも、部下に渡すメモに最重要事項として残しておく。
 カナデ様には絶対に手を出してはいけない、と。