「カナデ様、明日は必ず、ヴィダ様の鱗をお忘れになりませんようお願い致します」
「え? いつもつけてるけど……明日は特別なのか?」
「はい、明日はイグニ様のテンションが最も上がる、肉の日ですので」
「肉の日って?」
「その名のとおり、肉をがっつり食べる日です。元々は残暑にスタミナをつける、という目的で始まりました。毎年様々な肉料理が用意されますが、今年は肉メインのバーベキューにするそうです」
「へぇ……」

 肉たっぷりのバーベキュー……凄そうだけど、胸やけもしそうだな。
 しかしアルバの言うとおり、火竜の大好きな夏である事に加えて、肉が大好物なイグニ様にとっては、やはりテンションが上がる日なのだろう。

「ちなみに、どんなメニューになってるんだ?」
「牛肉、豚肉、鶏肉、ハムやソーセージなどの肉類は、一通り用意されます。あとは野菜と飲み物が少しですね」
「がっつり肉メインなんだ」
「はい。それにこういった催しには、我々火竜も参加します。イグニ様の性格からして、我々部下は自由参加という形になってはいますが、今回はほとんどの火竜が参加するでしょうね。なにせ肉ですから」
「なんだか凄そうだな」

 普段はイグニ様と一緒に食事をしているけど、他の火竜たちも一緒に、というのは初めてだ。
 アルバやロドみたいに竜王様と番様に直接仕える竜人は、主人と時間をずらして食事をするって聞いたし……なんだか悪い気もしたけど、番同士である二人の場合は、その方が時間の都合がつけやすいから、逆にありがたいと言ってくれた。

「そういえば、竜人の栄養バランスってどうなってるんだ?」
「我々は半分は竜なので、ほとんど肉食です。ですがもう半分は人なので、野菜もある程度は必要とします。ただ、イグニ様もそうですが、野菜が苦手な竜人は多いですよ」
「アルバも野菜は苦手なのか?」
「俺はピーマン以外なら平気です。ピーマン以外なら」

 何故か念を押すかのように二回言われたが……まあ、それだけピーマンがダメって事だろう。
 ともかく、明日は皆でバーベキューというわけか。
 肉が食べれる事自体は素直に嬉しいし、お祭りっぽくてなんだか楽しそうだ。



 そして翌日、肉の日当日だ。
 今日は夏である事を差し引いてもみんな嬉しそうで、火竜のほぼ全員がニッコニコだった。

「俺たちにとっては、タダでいい肉が食える日でもありますからね」

 そう冗談っぽく言ったアルバだが、火竜たちの本意でもあるんだろうな。
 宮の外では、さっそくバーベキューの準備が始まっており、普段の仕事をしている火竜たちも、すごいスピードで作業をしている。
 恐るべし、肉パワー。でも……。

「カナデ様、どうかなさいましたか?」
「うん……この前みたいに、急な夕立が来ないか心配で」
「それでしたらご心配なく。もし雨雲が近づこうものなら、火竜総出で蹴散らしてやりますので」
「え、そんな事できるの?」
「はい、我々から肉の楽しみを奪うものには容赦しません」
「肉パワーすごい」

 そんな話をしているうちに、バーベキューの準備ができたようだ。
 超ご機嫌なイグニ様が俺の部屋へやってきて、いつもの倍は嬉しそうに尻尾を揺らしながら、俺を連れて宮の外へと向かう。
 そこには、普段からお世話になっている見回りの兵やシェフから、時々見かけるだけのあまり知らない火竜まで、宮のほぼ全員と思われる人数が集まっていた。
 そしてその両サイドには、山のように積まれたとんでもない量の肉が……。

「皆、よく集まってくれた。今日はカナデの初めての肉の日だから、いつもより奮発させてもらったぞ。例年どおり、気兼ねなく楽しんでくれ」

 イグニ様の言葉に歓声と感謝の言葉があがり、火竜たちは大きな外用のコンロで、さっそく肉を焼いていく。
 俺以外は全員火竜だから、やはり火の扱いには手慣れたもので、それぞれのコンロの中は、あっという間にちょうどいい火加減になっていった。
 俺とイグニ様も、俺達用に用意してもらったコンロの方へ行き、イグニ様の火を入れてバーベキュー開始だ。

「カナデ、どれから食べたい?」
「えっと、牛肉に豚肉に……あ、ソーセージと玉ねぎも欲しいです」
「分かった。少し待っていてくれ、俺が焼こう」

 そう言ってイグニ様は、見るからに上等品の肉を網の上に綺麗に置いていく。
 じゅうじゅう、といい音を立てて焼かれていく肉からは、香ばしくも食欲をそそる香りが立ち、網目の焼き色もお手本のように素晴らしい。
 コンロの傍にはバーベキューソースをはじめ、レモンソースやタバスコソース、塩胡椒も用意されていたから、いろんな味も楽しめそうだ。
 しかし少し目を離していた隙に、イグニ様がそれは嬉しそうに、とんでもないものを焼いていた。

「イグニ様、それは……」
「特大骨付き肉だ。カナデも食べたいのか? なら、もう一つ……」
「い、いえ! 大丈夫です! さすがに食べきれないです!」

 特大骨付き肉……興味はあるけれど、俺の頭二つ分はあるであろう巨大肉を食べきれる自信はない。

「……カナデ、以前から思っていたが、君は少し食が細くないか?」
「え? そうでしょうか?」
「竜人と人族では食べる量が違うとは聞いていたが、それを差し引いても、小食のような気がするのだが」
「自分ではそう思いませんけど……」

 普段の食事でも、俺とイグニ様に出されるメニューは同じだが、量が圧倒的に違う。
 そういえば、俺が火竜宮に来て間もない頃に、イグニ様と同じ量を出された事もあったな……。
 結局やっぱり食べきれなくて、総料理長のロージェンに「次から五分の一くらいの量にしてほしい」と頼んだんだっけ。
 同じ番様であるグラノさんとフォトーさんが、よく食べるタイプの人である事も影響しているのか、俺とウォルカさんは食が細いと思われてるところがあるもんな……。

「遠慮をして食べていない、というわけではないのだな?」
「はい、むしろ横に伸びないように、気をつけないといけないくらいですよ」
「……肥満に当たる体形になったとしても、カナデは愛らしいと思うぞ」
「ええ……?」

 ただでさえプニプニなのに、これ以上になるのは、さすがに自分でもどうかと思う。
 やっぱりグラノさんに、減量のトレーニングを聞いた方がいいかもしれないな。
 そんな事を考えていた矢先に、イグニ様が焼きたての肉を皿に乗せ、俺のほうに差し出してくる。

「そろそろいい頃合いだ。たくさん食べなさい」
「はい、ありがとうございます」

 ……まあ、今日はせっかくの肉の日だし、こうしてイグニ様が焼いてくれてるんだから、無下にするのは悪いよな。
 ダイエットは明日からでいいや。