ある日の午後のお茶の時間。
イグニ様が言いにくそうに切り出したのは、例の休暇の話だった。
「カナデ……その。休暇の事なんだが、やはり君の行きたい所か、やりたい事にしてくれないか?」
「え? どうしてです? イグニ様がしたい事はいいんですか?」
「ああ。あの後、俺も自分なりに考えてみたんだが……。どこかに出かけたり、何かをする事を想像しても、最終的には君と一緒なら何でもいい、という結論になったんだ。おそらく、俺がやりたい事はカナデと一緒に思い出を作る事なんだ。だから、君と楽しめることであれば、結果的に俺のやりたい事にも繋がるのだと思う」
「そうなんですね……」
イグニ様の気持ちは分かったけど、そんなに真っ直ぐに言われると、なんだか気恥しくなってしまう。
だけど、思い出作りという事なら俺にも協力できるし、俺としても新しい思い出ができるのは嬉しい事だ。
ただ……。
「でも、俺は普段から好きな事や、やりたい事をやらせてもらってますけど……」
「もちろん、無理に出かけたり何かをするという必要は無い。こうして一緒に居てくれるだけで、俺は十分に癒されるから、カナデの好きなようにしていてくれ」
そう言って、イグニ様は優しい笑顔で微笑んだ。
本人がいいというなら、俺も必要以上にあれこれ言うつもりはない。
それでもなんとなく、悪いような気はしてしまうが……だからと言って、いつまでも悶々としていたって、解決にはならないよな。
「……それじゃあ一つだけ、お願いしてもいいですか?」
「ああ、なんだ?」
「二十五日の夜に、イグニ様のお部屋に行きたいんですが……」
「よ、夜に!? ……カナデ、それはどういう事だろうか?」
「その日の深夜から明け方にかけて、流星群が見れるそうなんです」
「流星群……そ、そうか、星を見るという事か」
「はい」
先日図書館に行った時に、ノルスさんが二十五日に流星群が見れると教えてくれた。
普通は夜に空を見るなんてそう多くないけれど、目的が思い出作りというなら、特別感もある事だしきっと記憶に残るだろう。
それに、俺自身も星を見るのは結構好きだ。
「イグニ様は、あまり興味がないですか?」
「いや、全く無いというわけではないが……むしろ、よく分からんというのが正直なところだ。夜空の星の美しさ自体は分かるのだが、詳しい話となるとな……」
「俺も詳しいって程じゃないですよ。でも、すごくたくさん流れるって聞きましたし、一緒に綺麗な景色を見れたらと思って……」
自分で言いだしておいてなんだが、急に恥ずかしくなってきた。
これじゃあまるで、俺がイグニ様をデートに誘っているみたいじゃないか。
確かに、俺も一緒にいろいろできたら楽しいだろうなって思ったけど……。
今はまだそこまで深い意味があったわけじゃなく、イグニ様に休暇を楽しんでもらえたらって思っただけだし……。
「あ、あの、イグニ様。嫌だったらいいので……」
「君が俺の為に提案してくれた事が、嫌なわけないだろう? それに、俺自身も最近は、自然の美しさを体感する余裕というものを忘れかけていた気がする。だから、カナデが誘ってくれてとても嬉しいんだ」
「それならいいんですが……」
本当に嬉しそうに笑うイグニ様からそう言われると、こちらとしてもそれ以上の事が言えなくなってしまう。
結局、イグニ様の休暇は火竜宮で俺とゆっくりしつつ、約束の夜に一緒に星を見る、という形で落ち着いた。