「こんな感じでいいのかな」
「大丈夫だと思いますよ」
俺は出来たばかりの菜園で、アルバに手伝ってもらいながら、先日買った花の種と野菜の苗を植えていた。
プランターの水捌け用の穴に小さな網を張り、同じく水捌け用の小石を敷き詰めてから、畑のものと同じ土をいい高さまで乗せていく。
そして一列になるように、間隔を空けながら小さな穴を作っていき、そこに花の苗を蒔いて土をかぶせ、全部の穴に植え終わったら十分に水をやる、と。
野菜の方は、まず畑に畝という土を盛り上げた土台を作っていき、その上に花の時より大きめに間隔を空けて苗を植え、傍に支柱を差し、紐を引っかかる程度にゆるめに結ぶ。
それから、底の開いた小麦袋で苗を囲み、その中に四本の支柱を調整しながら四角形になるように差して固定する。
この簡易的な温室のようなものは、まだ小さい苗を朝晩の寒さや強風から守る為であり、底が空いている袋を使う事で太陽や雨の恵みを遮る事なく受けられる、という農家の知恵なのだそうだ。
花屋の主人が用意してくれた本に、植え方やコツが分かりやすく書かれていたからよかったけど、それが無かったらその辺に植えて水をやるくらいで終わらせてしまっていたかもしれないな。
それでも育ちはするのかもしれないけど、せっかくならちゃんと手をかけて育てたい。
「うまく育つかな……」
「そうですね……変な天気が続いたりしなければいいんですが」
アルバの言うとおり、外で育てる植物にとって、一番重要なのは天気だろう。
日照り続きも困るけど、雨が多すぎても根が腐るというし、突然の落雷や雹にやられる可能性だってあるのだ。
「ちゃんと野菜が実ったら、みんなに食べてもらいたいな」
「楽しみですね」
「うん」
ほのかな期待を込めつつ、野菜の方にも水やりを終えて、使った道具を物置に片付ける。
後は毎日様子を見に来ながら、水やりや雑草を抜いたりして手入れすれば、きっと大きくなってくれるだろう。
「カナデ様、昼食まで時間がありますから、温泉に入られては如何でしょう」
「そうだな。少し汚れたし、汗も流してくるよ」
土で汚れるのは予想してたけど、けっこう体を使う作業だったから、汗もだいぶかいてしまった。
今日はそこまで暑い日じゃないし、風も吹いてるからまだマシなんだろうけど、これが真夏の炎天下だったら大変な仕事だ。
何気なく食べていた野菜だけど、作るのには随分な苦労があるものなんだな。
「……ふぅ」
作業着の土埃を外で落とし、シャワーでしっかり体を洗ってから、青空が映る湯船に入る。
遠くで鳴いている鳥の声、少しの冷たさを残したまま流れていく風、流れる雲が落とす影……。
こうして一人で湯につかっていると、ゆっくりと穏やかに過ぎていく時間を、より感じることが出来るもんだな。
とろけるような心地よさで疲れを癒し、のぼせる前にと風呂から上がって体と髪を乾かす。
体はともかく、長い髪は乾かすのに手間だなと、ふと思う。
旅をしていた時も、邪魔に感じたら適当に切っていたし……そろそろ切ってしまうか。
「カナデ様、入ってもよろしいですか?」
「あ、どうぞ」
聞きなれた声に返答すると、すでに綺麗に身支度を整えたアルバが入ってきた。
「アルバ、髪を短くしたいんだけど……」
「えっ!? 何故です!? イグニ様に至らない所がありましたか!?」
「へっ? なんでイグニ様?」
「あ、そうでした。申し訳ありません、それもロンザバルエの風習でして……髪をバッサリ切る、という行為は、自分の番に対しての怒りを表す行為なんです。この地では古来より、髪を切る事が決別の意味を表していまして。つまり、ここの竜人たちにとって髪を切るという行為は、自分の番に対して、お前と別れたいくらい怒っている、という意思表示になるんですよ。もちろん、治療や救助で切る必要があるという場合は別ですが」
「そうなのか……でも、それだと伸び放題にならないか?」
「切り揃えるくらいであれば、その風習には当てはまりません。初めて顔を合わせた時よりも短くした場合が、その意味になるんですよ」
俺がイグニ様と初めて会った時って、どのくらいの長さだったっけ。
あれから切ってはいないから、今よりは少し短いくらいか?
「うーん……手入れに手間がかかるから、短くしようかと思ったんだけど……そういう事情があるなら、切らない方がいいよな?」
「はい。髪を短くされたカナデ様をイグニ様が見たら、間違いなく屍と化します」
「そんなに」
短い方が楽だけど、イグニ様に屍になられたら困るしな。
アルバに言わなかったら、いつものように適当にざっくり切っていたところだ。よかった、先に聞いておいて。
「髪のお手入れでしたら、俺がお手伝いしますよ。専属従者の特権という事で」
「特権?」
「竜王様方はああ見えて、かなり嫉妬深いんですよ。専属従者や医者、同じ立場である番様以外の者が自分の番様に触れたら、だいたい爆発してお怒りになられますから」
「ば、爆発って」
「イグニ様なんて火竜の長ですから、それはもう景気よく爆発しそうですねー」
「ええ……」
アルバはそう言って笑いながら、俺の髪を乾かすのを手伝ってくれた。
イグニ様は……俺には優しくしてくれるけど、火竜の長だけあって、やっぱり怒ると怖いんだろうな。
よっぽど大丈夫だとは思うけど、俺も変な事はしないように気をつけよう。