久しぶりのおにぎりでお腹を満たし、食後にデザートの林檎のパフェを食べて少し休んだ後、再び買い物へと向かった。
 次に向かったのは雑貨屋で、俺が普段使いする為の小物や日用品、筆記具などを購入するためだ。

 俺は道具は使いやすく、素朴でシンプルな見た目のものが好きなのだが……雑貨屋の品ぞろえは豪華なものが多く、全体が純金で出来た万年筆や水晶とガーネットで作られた小物入れまであるのは、さすがロンザバルエの中枢というべきか。
 さすがに、そんなすごいものを普段使いにするのは気が引けるので、小物入れなどの収納は、丁寧な細工が施された木製のものにした。
 筆記具や日用品も極力普通のものを選び、ついでに俺が一目ぼれした、ふわふわの魚の形のクッションも買ってもらう。
 続いて、今度はさっきとは別の服屋へと足を運ぶ。
 ここでも再び着せ替えまつりが始まり、加えて帽子や靴、鞄なども買ってもらい、一段落したところで店を出た。

「……ふぅ」
「カナデ、疲れたのか?」
「はい、少し……」
「そうか……向こうで少し休もう」

 イグニ様に手を取られて歩いていくと、少し開けた所に休憩スペースがあり、ガーデンベンチがいくつか置かれている。
 その一つに座ると、イグニ様にここで待っているようにと言われた。
 どこかへ向かうイグニ様を見送り、視線を外して空を見上げる。
 ロンザバルエは相変わらずのいい天気で、日差しも風も心地いい。
 ゆっくりと流れる雲は、東の方へ向かっているようだ……俺も落ち着ける場所が出来たんだし、師匠に手紙を出してみようかな。

「カナデ、待たせた」

 ぼんやりと考え事をしていると、イグニ様が戻ってきた。
 手にはオレンジのジュースが二つ……さっきノルスさんが居た店のものだろうか。
 イグニ様は俺にジュースを手渡し、そのまま隣へと座る。

「ありがとうございます」
「ああ。……すまない、調子に乗って君を連れまわしてしまった」
「え? いえ、こういうのは久しぶりですし、楽しいですよ。俺なら大丈夫ですから」
「そうか」

 イグニ様は心配そうにしながらも、少し安心したように笑う。
 貰ったジュースを一口飲むと、オレンジの甘酸っぱさが体に染み込んでいくようだった。
 ふと、イグニ様の方をもう一度見ると、俺を見ながらなにか言いたそうにしている。

「イグニ様? どうかしましたか?」
「あ、あぁ……いや、その。君に渡したい物があるんだ」

 そう言って小さな箱を取り出し、俺に差し出してくる。
 不思議に思いつつ受け取って蓋を開けると、中には鮮やかな赤梅の見事なつまみ細工に、小さな鶯の作り物がちょこんと乗っている髪飾りだった。

「イグニ様、これは……?」
「君に贈りたくて、ミズキの職人に頼んで作ってもらっておいたんだ。……受け取ってくれるだろうか?」
「こんなに綺麗なもの、もらっていいんですか?」
「ああ、もちろんだ」
「ありがとうございます。大切にしますね」

 俺がそう言って微笑むと、イグニ様は今まで以上に分かりやすく嬉しそうな表情となった。
 その時は分からなかったけど、火竜宮に戻ってから、番に相手をイメージした髪飾りや首飾りなどの装飾品を贈るのは、最初のプロポーズを表しており、それを受け取るのは恋人である事を了承する、という意味になるのだと、アルバが教えてくれた。
 聞いた直後は、そんなの聞いてないと驚いたけど……でも、嫌な気持ちにはなっていない。

 イグニ様の傍にいるのは心地いいし、俺の為に何かと考えたり色々してくれるのも嬉しい、まっすぐに向けられる愛情表現も、照れくさいと思いつつ心のどこかで求めてしまう。
 俺はいつの間にか、イグニ様の隣に居る事に幸せを感じるようになっていた。
 それが恋心であるのか、保護者に感じる安心感であるのか、あるいは執着心なのか……。
 この温かくも切ない初めての気持ちの名前が、まだ俺には分からない。