アルバと話をしてすぐ、昼食の準備が出来たと呼ばれたので、食堂へと向かう。
 イグニ様と一緒に美味しいミートドリアを堪能し、一通り食べ終わって食後のお茶を飲みながら、さっきの事を聞いてみる事にする。

「あの、イグニ様。ちょっと聞きたい事があるんですが……」
「ん? なんだろうか?」
「さっきアルバと話してたんですが……師匠の家を建てる時に、俺の予算を使ってしまったら、法に抵触する可能性があるらしいんですが……」
「ああ、番の為の予算は、番本人の為の費用だからな。お義父上に贈り物をする場合、小さな物なら問題ないが、家となると大きいし職人たちとの契約も出てくる上、定住の審査と契約も関わってくるから、法に抵触する可能性があるという事だろう」
「それって、税金がない事とか、竜王様の番様に関する厳しい法にも、関係があるんですか?」
「そうだね、まず税金の事について説明しよう。ロンザバルエで税金を徴収していないのは、簡単に言えば文句を言わせないためだ。よく他国では「国民の血税で贅沢をしている」なんて話を耳にする事があるだろう? だが、我々としては番に出来る限りの事をしたい。かと言って、番たちが悪く言われるのは不快だし、番たちもその事を気に病んだり、何かと言われるようでは心休まらないだろう。だから、ロンザバルエの住人達と我々は、始めからビジネス的な契約をしているんだ」
「ビジネス的、ですか?」
「ああ、国という巨大な規模の集合住宅と言えば分かりやすいだろうか。元々、ロンザバルエは竜人と番たちの為の土地だったのだが、我々の恩恵を望んだり、居場所を失った別の種族が、だんだんと移り住むようになっていったのだ。しかし、誰も彼もを無償で迎え入れてしまっては、いずれトラブルが起きるだろう。だが、税金を徴収すれば、先ほど言ったような弊害が出てくる。だから、移住者には移住前に、前科や不審な経歴が無いかなどの審査を行い、問題なければ、我々の土地を借りる契約者として、移住を許可する。だから税金は取らないが、月々の家賃は払って貰っている状況だ。もちろん、移住者と認められた者には、土地に加え庭付きの家を提供するし、外回りに竜人兵や衛兵も配置しているから、暮らしの安全も保障する。加えて公共施設は無償で利用できるし、季節の催しも、ほとんど四竜宮がスポンサーだから、格安で楽しめるようにしている。だが逆に、頻繁に問題を起こすような者や、法を破るような者であるなら、契約違反として即刻退居だ。契約の時点で、その事にも了承のサインをしているはずだからね」
「なるほど……じゃあ四竜王様は、大家さんとか管理人さんみたいな感じなんですね」
「その認識で間違ってはないが、一棟と一国では、規模の大きさは段違いだ。それに我々竜王は土地の管理者でもあるが、そもそもは竜人の王である身だ。だから治水や道路整備などの生活環境の管理や、外敵からの防衛など、国そのものに関する事も行わなければならない。だから、一見すればロンザバルエも、他国と同じような政策で税金を徴収していると思われるのだろう」

 なんか、思ってたより大変そうだな……。
 そんな状況なのに俺の予算は余りまくってるし、でも俺以外が使えない法があるなんて、本当に大丈夫なんだろうか。
 必要なら、整備の費用とかに回してもらった方がいいんじゃ……。

「……カナデ、そういうわけだから、君の為の予算は税金から出ているのではなく、俺たちが土地活用で稼いだ金だ。他の兄弟たちも同様だから、君が俺達や国民に遠慮したり、気に病む事は何もない。我々にとっては、自身の番が幸せでいてくれれば、それ以上の事はないのだからね」

 イグニ様はそう言って、優しく笑った。
 国民達に気兼ねしなくてもいいという点では、ちょっと気が楽になったけど……。

「それから……番についての法の話だったね。これは国内外に向けての牽制の意味が大きい。我々の番に手を出したら、ただでは置かぬという意思表示でもあるんだ。極刑が実際に行われたのは一度だけ、ウォルカを迎え入れた時代だから、今から七百年ほど前になる。表面的な話だけ聞くと、やりすぎと思われる事もあるが……奴らは国の意向として水竜王であるヴィダを欺こうとし、毒にしかならぬ偽物を番と称し、本来の番であるウォルカを害したのだ。本当なら全面戦争になるところだったが、無関係の国民は許してほしいというウォルカの願いがあったからこそ、最小限の犠牲で済んだのが事実だ。公務と称している外交もそうで、他国の要人の出方を監視している面が大きい。もちろん信頼に値する相手であるなら、国際的な面での協力はするが……人族は代変わりが早いから、その都度相手の出方は注視しているんだよ」

 ふむ、一見すると番様第一の法ように聞こえるけど、おそらく国防の意味も含まれているんだろう。
 全面戦争なんて事になったら、双方の国民に与える影響は甚大だろうし……そもそも国だけでなく、世界の環境と密接な関係がある竜王様が、番様を失って屍のようになったら、それぞれの環境の管理が出来なくなる。
 それが水竜王様だったら、各地の水源が枯れてもおかしくないわけで、その結果として生き物の大半が滅ぶわけで……うん、ウォルカさんが無事で、いろんな意味で本当に良かった。

「最後に予算の事だが、これは普通に、俺とカナデの財産を勝手に使ったら泥棒だ。しかも、竜王の我々が何よりも大切にしている、番の為のものと分かって使用したのであれば、尚更質が悪いからね。……それで、先ほどのお義父上の話になるのだが……この国に暮らすとなると、普通の国民ならば審査が必要になる。だが、カナデのお義父上である事と、宮に入ってもらわねばならない理由があった事から、何かあった場合は俺が責任を取るとして免除したんだ。だが、番の予算で家を建てるとなると……お義父上がそんな事をするのは、まずありえないと俺は思うが……審査を通していないから、実は悪人で君を脅して、無理やりに家を建てさせたのでは、という疑いが出てしまう事がある。アルバが心配していた、法に抵触する可能性というのは、この事だろう」
「師匠は絶対、そんな事しません。……でも、そういう場合って、信じてもらえない事も多いし……」
「良い方法が無いわけではないよ。そうだな、まずは……お義父上を特別扱いにはせず、国民達と同じように、ビジネスにしてしまえばいい。お義父上には、君の相談役兼指南役という名目で、この宮で働いてもらうという体にする。そして君の親族であるから、保護の為に宮で暮らすという特例が許可されている、加えて俺の部下であるロージェンの番でもあると先に公表、その為に必要な彼らの家を建てるという流れにすれば、大半のものが納得するはずだろう」
「それじゃあ、その方法なら、俺の予算を使っても……?」
「君の為の相談役という職であるなら、俺が部下たちに住まいを提供している事と同じになる。宮で働く者たちに還元するのは、ゆくゆくは自身の為にもなるからね。結果的に、自分の為に財産を使ったと同じ事になるんだ」

 状況が特殊なせいで、ちょっと回り道になるけど……でも、それなら何とか、あの有り余る予算を減らせそうだ。
 師匠も家でのんびり暮らせるし、公表してしまうなら、ロージェンも一緒に入っても大丈夫。

「しかし……君はなぜそんなに、予算を減らしたいんだ? お義父上の住居だって、同じ条件にして俺の財産から出す事も十分可能だが」
「あ、それはなんというか……今までが庶民暮らしだったのもあって、あんまりたくさんのお金を俺のものとして持ち続けるのが、ちょっと怖いというか居たたまれないというか、って気持ちになってたので……」
「……ふむ。すまない、いくらなんでも貯めすぎてしまったか。俺の番が、高級志向である可能性も考えての事ではあったが……」
「あ、いえそんな! 俺の感覚が庶民すぎるだけで……」
「……カナデ、君は本当に謙虚だな。正直な事を言えば、俺は予算が散財されて、あっという間に消えてしまう事も視野に入れていたんだよ」
「え、あの大量の予算をですか? ……どんな使い方をすればそうなるのか、想像もできませんが……」
「そうだな、君は慎ましいから……そんなところも愛おしいが」

 ふふ、と柔らかく笑うイグニ様に見つめられつつ、謙虚とか慎ましいなんて言われた事が、ちょっと恥ずかしく思う。
 俺の場合は、もっと低級思考とでも言うのか……そんな良いものじゃないんだけどな。
 でも、金額の全貌は置いておいて、俺の為というイグニ様の気持ち自体は、やっぱり素直に嬉しいな。