イグニ様にくっついたりくっつかれたりする日が続き、隣が定位置になってきたある日の事。

「カナデ様、風竜宮より招待状が届いております」
「招待状?」
「はい、おそらくフォトー様主催の、春のお菓子パーティーのご招待ではないかと」

 そう言って、アルバは俺に封筒を手渡してくれる。
 中には、お菓子の絵で飾られたメッセージカードが入っており、「四の月の十の日に、待ちに待ったお菓子パーティーを開催するぞ!! カナデも来てくれよな!!」と、なんともフォトーさんらしいメッセージが書かれている。

「お菓子パーティーって……もしかして、肉の日のお菓子バージョン?」
「ええ、そんな感じです。ただ、規模はお菓子パーティーの方が大きいですね。フォトー様は竜王様と番様だけでなく、四竜宮や中枢で働く方々の中で、甘味を好む人たちも招待していらっしゃいますから」
「へえ……お菓子と言っても色々あるし、そんなに人が集まるなら、賑やかで楽しそうだな」
「甘いものがお好きなカナデ様はもちろんですが、イグニ様にとっても目の保養になるでしょうね」
「へ? どういう事?」
「フォトー様からのメッセージに、何か添えられていませんでしたか?」

 そう言われてもう一度カードを見ると、小さな文字で「今年は鳥!」と書かれていた。

「今年は鳥? どういう意味?」
「フォトー様の主催するパーティーでは、獣人の方々の風習の一つとして、動物を模した服装や装飾を参加者全員で揃える、というものがあるんですよ。以前に犬の時もありましたが、竜王様方まで犬の耳や尻尾の飾りを付けている様子は、面白……いえ、楽しい催しでしたよ」

 今、アルバ絶対、面白いって言いかけたな。
 でも確かに、犬の耳や尻尾の飾りを付けている竜王様たちなんて、想像しただけでかなりシュールだ。

「今回はそれの鳥って事か……どんなのがいいんだろう」

 俺は鳥と言われて、思いつくものを想像した。
 馴染みのあるヒヨコやニワトリ、スズメやカラス。クールな感じの鷹や鷲、愛嬌のあるフクロウやインコ……。

「カナデ様は、やはりウグイスでしょうか?」
「ウグイスか……可愛いけど、服となると……そういえば、鳥っぽい服自体あったっけ?」
「クローゼットの中を探してみましょうか」

 俺の部屋のクローゼットは、屋台広場の着せ替えまつりの時に買った服に加え、出入りの商人で衣服を扱う人が来た時に、イグニ様のアゲアゲのテンションに任せて買った服が増えている。
 そのおかげで、一年前に俺がここに来た時は空っぽだった巨大クローゼットは、今ではしっかり機能を果たしているのだが……。
 その中にあるこの大量の服も、できるだけ着るようにはしているけれど、それでもまだ袖を通していない服もけっこうある。
 アルバと一緒にクローゼットの中身をチェックしていくと、ちょうどウグイス色の服がある事に気付いた。
 春や秋にちょうどよさそうな薄手のコートで、ゆったりとした作りだから、少しアレンジすれば鳥っぽく見えるだろう。

「……あ、そうだ。せっかくだし、イグニ様から貰った髪飾りもつけて行こうかな」
「梅の花のものですね。鳥という題材にも合っていますし、いいと思いますよ。……惚気竜が一匹増えそうではありますが」
「あはは」

 初めての屋台広場の時にイグニ様から貰った髪飾りだが、今までは付ける機会が無かった……わけでもないんだけど、なんとなく躊躇っていた。
 汚したり失くしたりしたくないという気持ちと、かと言ってしまいっぱなしなのもどうかという気持ちが、俺の中でぐるぐる回っていて、結局つけられずに今に至るというわけだ。
 でも、今回はせっかくのフォトーさんからの招待なんだし、思い切って付けて行こう。

「あとは……当日は朝ご飯を軽めにしてもらって、しばらくの間は甘いものも控えめの方がいいかな」
「分かりました、厨房に伝えておきますね」
「うん、お願い」

 そうだ、厨房と言えば、ロージェンはあれからどうなったんだろう?

「ねえアルバ、話は変わるんだけど、ロージェンはどうしてる? 師匠と顔合わせをしてから、なにか進展はあった?」
「何かと色々、企んではいるようですよ」
「え? 企むって?」
「アカツキ様が宮の外で暮らすのはまずいというお話は、あの時にしましたが……アカツキ様と一緒に暮らしたいロージェンは、どうにかして宮内にマイホームを建てれないか、試行錯誤しているようですね」
「マイホームか……それって、建てたらまずい理由はあるの?」
「宮自体が竜王様と番様のお住まいですから、そこに部下のマイホームを建てるという事は、普通はありませんね。ただ、アカツキ様はカナデ様のお父上ですし、ご家族を迎え入れるという意味で、アカツキ様のご自宅を建てるのであれば、おかしい事ではありませんが……」
「ん? それなら、師匠の家を建てて、そこにロージェンに入ってもらえば……あ、でもまだ早いか。ロージェンは師匠に、番の事を話してないと思うし」
「その事でしたら、アカツキ様はご存じですよ」
「へ? ロージェン、告白したの?」
「いえ、ロージェンの挙動不審状態を不思議に思ったアカツキ様が、見回りの兵たちに尋ねたところ、彼らがポロッと言ってしまったようです」
「そ、それはなんと言うか……ロージェン、どんまい」

 そういえばこの前、厨房の空気が重い日があったな……あの日にそれが起こったって事か。

「とりあえず……師匠の家は、建ててもいいんだよね?」
「そうですね。いつまでも客室では、アカツキ様も窮屈でしょうし」
「じゃあ、俺の予算を使ってもらっても……」
「あ、それは少々まずいですね。番様の予算はご本人の為だけのお金ですので、重罪にはならなくとも、法に抵触する可能性があります」
「え、そうなのか? じゃあどうしよう……」

 あの使いきれそうにない予算の山を、減らすチャンスだと思って提案したけど……。
 かといって、俺が冒険者の時に稼いだお金では、家など夢のまた夢だ。

「……でも、あの予算って、俺が使わないと増える一方なんだよな?」
「そうですね、番様以外ですと、竜王様は使っていい事になっています。もともと竜王様が稼いだお金ですし」
「稼いだ? ……えと、税金とかじゃなくて?」
「ロンザバルエに税金を徴収する制度はありませんよ? ……あ、カナデ様には、この国の政策の事をお話していませんでしたか?」
「え、えっと? ちょっと待って、よく分かんなくなってきた」
「では、その事も含めて、イグニ様に相談してみてはどうでしょうか?」
「……うん、そうする」

 もともと政治的な事に詳しくない俺だが、ロンザバルエは他の国以上に独特な状態のようだ。
 もうすぐお昼の時間だし、ここはイグニ様に相談しつつ、教えてもらった方がいいだろう。