ぽてぽてと小さく足を進めるイグニ様の後ろには、水竜王様とアルバが付いてくれた。
 ちなみにロドは、イグニ様がいつ戻るか分からないので、急ぎの書類を優先して一人で仕事を片付けてくれている。

 外はいい天気だが、少し冷たさを感じる風が吹いていて、季節が深まっているのだと感じる。
 チビイグニ様は寒くないだろうか、と思ったけれど、やはり火竜の王だからか、少しの冷たい風など気にも留めていないようだ。
 むしろ、流れる雲や揺らめく草花、どこかから吹かれてきた落ち葉の方に興味があるようで、キョロキョロと忙しなくいろんな方向を見ていた。

「……あ!!」

 庭園の傍を歩いていると、何かを見つけたチビイグニ様は、俺から離れて芝生の方へ走っていった。
 そして茂みのそばで座りこみ、ごそごそと何かを探し始める。
 泣いたり暴れたりする様子はなかったので、俺達はしばらく様子を見る事にした。
 草むらの中でもこもこと動くチビイグニ様は、小さな尻尾をぴょこぴょこ揺らしていて、なんとも可愛い。
 しばらくして、お目当てのものが見つかったのか、チビイグニ様はぴょこっと立ち上がり、満面の笑みでこちらに戻ってくる。

「あぃ!」
「これは……四葉のクローバー? 俺にくれるんですか?」

 チビイグニ様から差し出されたクローバーを受け取ると、ご機嫌さんに輪をかけるようにニッコニコになり、再び俺にくっついてきた。

「ありがとうございます、イグニ様」
「あい!」

 そう言ってチビイグニ様の頭を撫でると、とても嬉しそうにしてくれた。
 貰ったクローバーを片手に、再びイグニ様と手を繋いで散歩の続きをする。
 柔らかく振りそそぐ日差しに、時折吹く風が程よく温度を中和してくれて、とても気持ちのいい散歩道だった。

 それから。
 お昼にハンバーグを食べたり、ボール遊びや積み木をしたり、お昼寝に子守唄を歌ったりと色々していたが、チビイグニ様は朝のような酷い癇癪を起こす事は無かった。
 水竜王様曰く、番である俺が傍に居る事で、癇癪以上に幸福感が上回ったんじゃないか、と予想している。

 ちなみに、イグニ様は小さな癇癪玉になるが、他の竜王様の所もそれぞれ大変らしい。
 水竜王様は全く泣き止まない、風竜王様はすぐどこかへ行ってしまう、地竜王様は微動だにせず逆に心配になるのだとか。
 どこも一筋縄ではいかないんだなと思いつつ、小さな指で俺の手を握りながら、幸せそうにすやすやと眠るチビイグニ様をそっと撫でた瞬間。

「……え?」

 なんと形容すればいいのか分からないが、チビイグニ様がぶわっと拡大し、でかイグニ様に……いや、普通にイグニ様でいいのか。
 とにかく、一瞬で元の姿に戻ったのだ。

「あれ、今回はすごく早く戻ったね。いつも数日はかかるのに」
「数日もですか?」
「うん、これは……多分だけど、カナデ君と一緒に居た事で、精神的に安定しきったんじゃないかな? ほら、カナデ君を初めて見た時から、激しい癇癪は少なかったでしょ。自分の番が傍に居てくれると分かったから、精神的に落ち着いて、それに引っ張られる感じで体と魔力も戻ったんじゃないかな」
「そうなんですね。でも、いつも数日もかかるのはどうして……?」
「そっちの場合は、体の防衛本能が先に働いて、心と魔力を引っ張っていくんだと思うよ。この三つは切っても切れない関係だから」
「なるほど……」

 水竜王様の話を聞いていたら、俺の左手を握っていた指がピクリと動く。
 反射的にそちらの方へ目を向けると、眠たそうな表情のイグニ様が、ぼんやりとこちらを見ていた。

「……カナデ?」
「おはようございます、イグニ様」
「うん……うん? 俺は……どうしていたんだ?」

 どうやらイグニ様には、チビイグニ様だった時の記憶は無いようだ。
 困惑気味のイグニ様に、水竜王様とアルバが、これまでの事を説明する。

「……というわけだよ」
「今回はカナデ様のおかげで、大惨事にはならずにすみました」
「なんだと……そんな……」

 二人の説明の後、イグニ様は頭を抱えてしまった。
 もしかして、癇癪で爆発した事を気に病んでしまっているんじゃ……。

「カナデに抱っこされただと……手を繋いで散歩をしたり、料理を食べさせてもらったり、玩具で遊んでもらったり、子守唄を歌ってもらっただと……!? なんという事だ、自分が羨ましい……!!」

 あ、なんか全然違う感じだった。
 というか、これは完全に自分に嫉妬するという、意味の分からない状態になってしまっているな……。

「カナデ……俺にも同じようにしてくれないか?」
「ええ? イグニ様が小さかったから出来たんですが……他はともかく、抱っこは絶対に無理ですよ?」

 俺の言葉に、イグニ様はしょんぼりするが……さすがに元に戻ったイグニ様を抱っこしたら、俺がプチっと潰れる予感しかしない。

「うん、もう大丈夫みたいだし、俺も戻るね」
「はい、今日はありがとうございました」

 完全に元に戻ったから大丈夫だろうという事で、宮に帰る水竜王様をしょんぼりイグニ様と一緒に見送る。
 その後、イグニ様が戻った事を伝えに執務室に向かうと、書類まみれのロドが目を見開いて驚いていた。

 イグニ様は片付けの為に自室に行き、俺も一旦自分の部屋に戻る事にする。
 机に向かい、チビイグニ様から貰った四葉のクローバーを眺めた。
 これは乾燥させて、できるだけ綺麗な状態で保存しておこう。
 ついさっきの事だというのに、あの小さな火竜の事を思うと、なんだか懐かしくて……同時に、少し寂しくも感じた。