舞台が終わり、未だ熱気の冷めやらぬ大ホールで、俺達も盛り上がっていた。
俺たちが居る席は、大ホールの入口の天井の上に当たる、舞台からも真正面の場所で、大きめの部屋に上質なソファとテーブルが用意されていた。
その部屋で他の竜王様、番様たちと一緒に、お茶とお菓子をお供に演劇を楽しんだのだ。
「まさか公爵家の執事が黒幕だったとはな」
「小悪党と思わせておいて、実は一番の味方だったという、ニッガウリ子爵の演出も良かったですね」
「探偵のハインと怪盗のビターが共闘するとことか、最高だったぜ!」
それぞれ感想を口にしているのは、グラノさん、ウォルカさん、フォトーさんだ。
どんでん返しのストーリーや熱い演出だけでなく、役者たちの素晴らしい演技や世界観に引き込まれる音楽、臨場感を出すために工夫された仕掛けなど、どこをとっても最高の舞台だったのだ。
「カナデはどこがよかった?」
「洞窟の中でバケッツ団長が、ビターに言ったセリフがかっこよかったなって」
「あー、分かる! あそこかっこよかったよな!」
興奮冷めやらぬフォトーさんの問いに返答すると、嬉しそうに同意してくれた。
今回の舞台で俺のお気に入りのシーンとなった一つが、探偵ハインの仲間のバケッツ・プディング騎士団長が、黒幕の執事に追い詰められて傷を負った怪盗ビターに対して言った、一連のセリフとやり取りだ。
主人公のハインもかっこいい人だったけど、バケッツ団長も違う魅力のかっこよさがあり、まさに憧れる大人の男性という感じだった。
「今回は、舞台の仕掛けも前以上に凝っていましたね」
「ああ、洞窟の途中で幽霊が出たところなど、一瞬本物かと思ったな」
「……あそこはちょっと、思い出したくないですね」
ウォルカさんとグラノさんが話しているのは、中盤に出てきた少し怖いシーンだ。
あそこは俺も驚いて、思わずイグニ様にくっついてしまったけど……。
よく見れば、幽霊は布をかぶった役者の人だと分かるんだけど、照明や音楽の効果で、雰囲気バッチリだったからな。
「最後の脱出シーンも良かったよな!」
「はい、本当に激流の中を脱出してるみたいで……あれって、本物の水に見えたけど、違うんですよね?」
「あれは指定した場所に映像を写す魔道具だと思いますよ。演出の為に、多くの劇団で頻繁に使われています」
「そうなんですね」
さすがに本物の水を使ったらホールがずぶぬれになるから、そういう演出用の道具があるんだろう。
前以上に凝ってるって話だけど、やっぱり演劇も進化していくものなんだろうな。
そんな感じで盛りあがっていた俺達だったが、そういえば竜王様たちが静かだなと、ふと気づいた。
くるりと後ろを振り返ってみると、とてつもなく満面の笑みの四竜王様が。
「……番たちが可愛い」
「永遠に愛でれる」
「ウォルカの可愛い顔ゲット」
「マジヤバい」
これは、俺達とは違う意味でご満悦のようだが……。
俺以外の皆さんも竜王様たちの様子に気付いたようで、それぞれ違った反応を見せる。
「俺は可愛い存在を愛でる方だって、言いましたよね?」
少し不機嫌になってしまったのはグラノさん。
可愛いものは好きだけど、自分が可愛いと言われるのは嫌なのかな?
「えー? じゃあもっと、可愛がってくださいよー」
逆に上機嫌になったのはフォトーさんだ。
尻尾をパタパタと振っているから、彼にとっても嬉しい言葉だったのだろう。
「それは没収ですね」
笑顔ながらもどこか黒さを感じるのはウォルカさん。
これは怒っている……? いや、ちょっと意地悪っぽさを感じるような……気のせいだろうか。
そして、俺のお相手であるイグニ様はというと……。
「……マジヤバい……可愛い……好き……」
「……えーと、イグニ様? 語彙力をどこかに落としましたか?」
普段はちゃんと会話できるのに、何故か今回のイグニ様は語彙力が行方不明状態だ。
若干困っていると、完全に呆れ顔のロドとアルバが助け舟を出してくれる。
「はいはい、帰り道で語彙力を拾っていきましょうね」
「あとニ十分後にホールの清掃が始まるそうなので、そろそろ帰り支度をお願い致します」
アルバの言葉に、この場にいた全員が少し驚いていた……思っていたよりも、時間が経っていたようだ。
従者の竜人たちが手早く机の上を片付け、俺達も外出用の上着を羽織る。
あらかた片付いたところで皆さんと別れ、それぞれ自分たちの宮へと帰っていった。
「……カナデ、君はああいう人物が好みなのか?」
「え?」
帰り道、どうやら語彙力が帰ってきたらしいイグニ様に、突然話しかけられる。
「先ほどフォトーと話していた時に、バケッツ団長の事を……その、かっこいいと言ってたから……」
「あ、はい、話してましたね。大人の男性って感じで、憧れます」
「そうか……」
何故かイグニ様は若干しょんぼり気味だ。
なんだろう、変な事を言ったつもりは無いんだけどな。
「えーと……イグニ様、俺、変な事を言いましたか?」
「いや、そんな事は無い。ただ、羨ましいというかなんというか……カナデ、俺の事はどう思う?」
「え? かっこいいし優しいし、好きですよ?」
俺がそう言うと、イグニ様は一瞬固まった後に、みるみる赤くなってしまった。
そして俺も、自分が言った事をよく考えてみたら、とたんに恥ずかしくなってしまう。
仲良く茹でタコのようになった秋の夜の帰り道、アルバとロドに呆れられながらも優しく見守られつつ、俺達は火竜宮へと帰っていった。